敵の城塞を荷車で返品
軍需隊の荷車押しガルフェンは、戦場に出ても武器を渡されなかった。
矢箱を運び、砲石を積み、壊れた車輪を替える。勝てば騎士の手柄、負ければ補給の遅れ。将軍は彼を「車輪の後ろに隠れるだけの男」と呼んだ。
唯一の技能も、荷役向けだった。
【押送:車輪に載った荷一件を、押した方向の指定地点まで進ませる。重量上限なし】
荷車一台を楽に動かせても、戦闘職には数えられない。そう決めつけられていた。
敵国が《歩く城塞》を出してくるまでは。
高さ百尺の黒城が、千個の石輪を鳴らして平原を進んだ。城壁には魔導砲、正面には破城角。味方の火球は装甲に弾かれ、壕も石輪で踏み潰される。このままでは十分後に王都門へ届く。
将軍は撤退馬車へ乗り込みながら、ガルフェンへ命じた。
「矢箱を置いて逃げろ。荷車など捨てていい」
「では、代わりに大きい荷を押します」
歩く城塞は地面を揺らし、目前まで迫っていた。ガルフェンは逃げる兵と逆向きに歩き、黒城の正面へ両手を当てる。
敵兵が城壁の上で笑った。
「人間一人で止める気か!」
「止めない。返品する」
車輪に載っている。荷は一件。重量上限はない。
ガルフェンは届け先を、敵陣後方の空になった採石坑へ定めた。そして、ほんの半歩だけ押した。
千の石輪が同時に逆回転した。
黒城は突進してきた速度のまま後ろへ走り出し、味方の壕を越え、敵の本陣を横切る。城内の操縦士が制動を叫んでも、指定地点へ着くまで一度も止まらない。将軍旗も攻城砲もまとめて運び去り、最後には採石坑へぴたりと収まった。
平原に残ったのは、武器を失って両手を上げる敵兵だけだった。
逃走馬車の将軍が、御者台から転げ落ちた。
補給兵たちは捨てろと命じられた荷車を一斉に起こし、ガルフェンの後ろへ並べた。勝利報告を書こうとした将軍の羽根ペンは、誰にも渡されない。城塞を失った敵将が差し出した降伏状には、交渉相手として荷車押しの名だけが記されていた。
《職業が【荷車押し】から【城塞牽引王】へ書き換わりました》