新玉ねぎの透明

四月、伶一は新玉ねぎのスープを作った。

妻の翠帆が出産のため里帰りし、一人分の夕食が続いている。普段は惣菜で済ませるが、実家から丸々した新玉ねぎが六個届いた。

皮を剥き、丸ごと鍋へ入れる。水、固形スープ、少しの塩。弱火で煮るだけと母のメモにある。

一時間後、玉ねぎは箸が通るほど柔らかくなった。乳白色だった層が透け、鍋の底が見える。

伶一は写真を撮り、翠帆へ送った。

〈煮すぎじゃない?〉

〈透明になるまでって書いてあった〉

〈それで合ってる〉

電話をつないだまま食べた。匙を入れると層がほどけ、甘い湯気が上がる。翠帆の実家では、母親が筍を煮ているらしく、向こうからも鍋の音がした。

「名前、まだ迷ってる?」

「顔を見てから決めよう」

二人は候補を幾つか話し、結論を出さなかった。

翌日、残りのスープはさらに甘くなっていた。伶一は冷凍容器へ一杯分を取っておく。

ひと月後、翠帆と赤ん坊が帰宅した。冷凍庫のスープを温め、二人で半分ずつ食べる。

赤ん坊は隣で眠っていた。名は、最後まで候補に残らなかったものに決まった。

玉ねぎは煮崩れ、もう丸い形をしていない。それでも台所には、四月の一人分の夕食と、電話越しに待った時間の甘い香りが戻った。

冷凍していた最後の一杯は、赤ん坊の離乳食が始まる頃まで残った。塩分があるので食べさせられず、伶一と翠帆が夜中に分けて飲む。子どもはなかなか眠らず、スープは何度も温め直された。透明だった玉ねぎはほとんど溶け、匙で探せない。それでも甘さは出汁の中にあった。翌春、三人で新玉ねぎを買う。子ども用には味をつけず、柔らかく煮て一層だけ潰した。小さな口が初めて甘さを受け取り、台所に去年より低い位置の湯気が立った。

子どもは匙からこぼした玉ねぎを手で触り、甘い汁を頬へつけた。翠帆が拭き、伶一が次の一口を冷ます。透明な一層は、三人で食べるとすぐになくなった。