旅館の布団が一枚多い

旅館〈水明楼〉では、閉館後の客室に布団が一枚増えるという噂があった。

若女将の藺牟田澄音は、仲居たちを集めた。

「誰かが数え間違えてる」

最年長の仲居は首を振る。

「私は三十年、布団の枚数を間違えたことがない」

新人が言う。

「なら、前の女将さんの霊です」

「先代は布団を敷くのが嫌いだった」

「死後に心を入れ替えたのかも」

「旅館業への反省が遅い」

料理長も口を挟んだ。

「厨房では皿が一枚増えた」

「同じ霊?」

「布団で寝て皿で食べる。滞在しているな」

「料金を取るべきです」と番頭。

「幽霊へ宿泊税を?」

皆で責任を押しつけ始めた。

「新人が数を増やした」

「番頭が予約を消した」

「料理長が賄いを客室で食べた」

「若女将が先代を怒らせた」

澄音は机を叩いた。

「霊障まで経営責任にしないで」

その夜、全員で噂の部屋を見張った。

布団は三組。戸締まりも確認した。

番頭は除霊業者の料金表まで用意していた。

「一泊分の売上より高いです」

料理長が言う。

「塩なら厨房にある」

「料理用を撒かないで」

新人は枕を抱える。

「もし先代なら、接客評価を聞きたいです」

「死後の口コミは改善不能よ」

午前一時、廊下で衣擦れの音がした。

「来た」

「先代だ」

「誰が謝る?」

「若女将」

「役職順にするな」

襖が少し開き、白いものが滑り込んだ。布団の端が持ち上がり、やがて四組目のような膨らみができる。

仲居たちは一斉に澄音の背中を押した。

「女将、代表して」

「さっきまで先代を敬っていた人たちが!」

澄音が布団をめくると、中から大きな白猫が現れた。口には別室の枕カバーをくわえている。

番頭が叫ぶ。

「近所の豆福だ」

新人が布団を数える。

「でも一枚増えたのは?」

最年長の仲居が猫の下をめくった。

増えたように見えた一組は、二枚重ねになった敷布団を猫が引き離しただけだった。

料理長が尋ねる。

「皿は?」

猫の首輪に、小さな陶器の小皿が結ばれていた。

近所の陶芸店の看板猫で、毎晩旅館へ遊びに来ていたらしい。

澄音はため息をついた。

「宿泊代は?」

番頭が答える。

「招き猫なので、広告費と相殺で」

幽霊の長期滞在は、猫の無断宿泊だった。