暗室に残る白

写真部の暗室で、最後の印画紙が現像液に沈んでいた。

赤い安全灯の下、御厨千景は内定先のカメラメーカーから届いた社員証用写真を切り抜いている。東雲諒は卒業後、山間の町にある実家の写真館を継ぐ。小金井文は、写真とは無関係な製薬会社の営業に決めた。足元には会社から届いた黒いパンプスの箱があり、暗室では場違いなほど艶めいていた。

「文が一番、撮るの好きだったのに」

千景が言うと、文は液を揺らした。

「好きだから仕事にしない。落ちた会社、十一社全部に『写真への情熱』を提出して、もう薄まった」

諒が笑う。

「俺は情熱ゼロでも継がされるけどな。七五三と遺影。町に一軒しかないから」

「それ、必要とされてるってことじゃん」

「逃げられないってことでもある」

液の中から、三人で撮ったセルフタイマー写真が浮かび上がる。千景だけが中央に立ち、諒と文は少しぶれていた。

「これ、私のポートフォリオに入れた」

千景が言った。

「知ってる」と文。

「二人の名前、書けなかった」

「写真に写ってるからいいよ」

「そういう問題じゃない」

諒はタイマーを止めた。

「会社は共同制作を聞きたがるくせに、最後は『あなた自身は何をしましたか』って切り分ける。写真と同じだな。見せたいところだけトリミングする」

千景はメーカーで販売企画をする。撮影職ではない。それでも二人より夢に近いと見られることが、少し苦しかった。

「暗室の道具、誰が持つ?」と文。

「写真館にはある」と諒。

「社員寮、狭い」と千景。

「私もいらない」

三人とも、ここで覚えたものを必要としているはずなのに、引き取る物はなかった。

文が写真を定着液へ移す。ところが薬品は古く、中央から白く抜け始めた。千景の顔が先に消え、諒の肩が薄れ、最後に文の指だけが残った。

「失敗だね」と千景。

「捨てる?」

誰も答えなかった。

暗室を出るとき、諒が赤いランプを消した。洗濯ばさみに吊られた失敗写真は、誰も写っていない白い一枚になっても、床へ落ちなかった。