書架の細い隙間

県史料館の地下で、古文書研究者の伊奈が移動書架に挟まれて死んだ。二列の鉄棚は胸の幅まで閉じ、駆動軸も噛み込んでいる。救助隊は「無理に開けば棚が倒れる」と判断し、遺体は油圧器具の到着まで動かせなかった。棚の隙間からは、伊奈が探していた藩政日記の白い背だけが見えた。

閉館後に地下へ降りたのは、司書長の葛城、共同研究者の牧浦、保守業者の鷺沢の三人。伊奈は日記の欠落頁が盗品市場へ流れた証拠を見つけ、三人に話を聞くつもりだった。葛城は管理責任、牧浦は研究成果、鷺沢は地下への出入りを疑われている。

葛城は停電で棚が勝手に滑ったと言い、牧浦は伊奈が資料を探している間に上階へ戻ったと言う。鷺沢は「電気が落ちた棚は触れない。私は点検口を見ただけだ」と主張した。非常灯の下では三人の顔色に差がなく、言葉だけなら事故にも見えた。

床へ這いつくばると、必要なものは三つに絞れた。

第一。主電源は落ちていたが、各列の安全ブレーキは掛かったままだった。電動でも惰性でも、棚は一センチも閉じない状態である。

第二。伊奈の眼鏡は通路の外側に落ち、背広の背中だけに床の灰が付いていた。立ったまま挟まれたのではなく、通路へ仰向けに寝かされてから棚を寄せられた。

第三。側壁の非常用クランク穴に赤い毛糸が一本巻き込まれていた。鷺沢の作業着は右袖口だけが新しく裂け、同じ赤い裏糸をのぞかせている。

「点検口を見ただけだ」と繰り返す鷺沢に、私は非常用クランクを差し出した。彼は受け取らず、棚の隙間に並ぶ古文書へ目を逸らした。

停電は仕掛けではなく、電動事故と思わせる目隠しだった。安全ブレーキを解除できる保守用クランクなら、主電源なしでも棚を手で閉じられる。伊奈を殴って通路へ寝かせ、眼鏡を外へ残し、鷺沢は側壁から二列を寄せた。その際、袖の赤糸をクランク穴へ噛ませたのである。ブレーキは自然閉鎖を否定し、背中の灰は遺体を先に置いた順序を示し、赤糸が操作者を特定する。「触れない」と言った保守業者だけが、その方法を使っていた。 狭い隙間は、手順だけを隠せなかった。