最上階の南京錠
油井川梓真は、放課後に屋上へ来いと言われた。
古典の教科書に挟まっていた紙には、時刻と『話がある』の六文字。差出人の名前はなかったが、字には見覚えがあった。
中学から一緒の友人の字だった。
三日前、二人は口をきかなくなった。班決めで梓真が勝手に名前を書き、友人は「何でも決めるな」と怒った。謝ろうとしたが、同じクラスなのに話しかける機会は、意外なほど少なかった。
放課後、最上階まで上がる。
屋上の扉には南京錠がかかっていた。
その前の階段に、友人が座っている。
「屋上、入れないけど」
「知ってる」
「じゃあ何で屋上」
「手紙っぽいから」
「呼び出し方だけ格好つけた?」
友人は隣の段を叩いた。
梓真は一段空けて座った。細い窓から西日が入り、階段の埃が光っている。下の階では、誰かが廊下を走る音がした。
「班のこと、ごめん」
梓真が言うと、友人は膝を抱えた。
「俺も怒りすぎた」
「じゃあ終わり?」
「それだけなら、教室で言える」
「言えなかったから三日経った」
「油井川は言えると思ってた」
「何でも決めるから?」
「そういうところ」
また腹が立ちそうになり、梓真は黙った。
友人はポケットから進路希望調査を出した。第二希望まで埋まり、第一希望だけが空欄だった。
「県外、受ける」
「聞いてない」
「今言った」
「何で」
「何でって、行きたいから」
「勝手に決めるなよ」
言ってから、二人とも顔を見合わせた。
先に笑ったのは友人だった。
「油井川に決められることじゃない」
「わかってる」
「でも、言っとこうと思って」
「何で俺に」
「何でも先に決めるやつが、知らないままなの嫌だから」
扉の向こうで風が鳴った。
屋上へ出られれば、もっと特別な景色が見えたかもしれない。けれど二人がいたのは、踊り場でもない、一段手前の狭い階段だった。
梓真は進路希望調査を借り、第一希望の空欄へ鉛筆で小さな矢印を書いた。
「何これ」
「ここから先、自分で決めろって印」
「書類に落書きするな」
「消せる」
「消さない」
下校時刻の放送が流れる。
二人は同時に立ち、屋上の扉には触れずに階段を下りた。
梓真が今も覚えているのは、別れの予感ではない。閉じた扉の前で、友人の未来を初めて自分の手から離した、あの一段の高さだった。