最初の読者へ
図書館の返却口へ、午前零時ちょうどに本と手紙を一緒に入れると、その本を最初に借りた人へ届く。
相手がどの時代にいても。
司書は、古い児童書の貸出記録で、亡くなった祖母の旧姓を見つけた。
祖母が十二歳のとき、最初に借りた一冊だった。
祖母は生前、学校へ行けなかった時期の話をしなかった。
「昔は皆、大変だった」
と笑うだけ。
司書は深夜、本へ手紙を挟んだ。
「十二歳のあなたへ。
なぜこの本を借りたのですか。
大人になったあなたは、最後まで理由を教えてくれませんでした」
翌朝、返却口に同じ本が戻っている。
頁の間に、鉛筆書きの返事。
「学校へ行くふりをして、図書館へ逃げたから。
家では弟の世話をしろと言われる。
学校では休みが多いと叱られる。
本の中だけ、誰にも役を頼まれない」
司書は胸が痛んだ。
祖母を、家族のために働いた強い人として尊敬してきた。
本人は十二歳から、強い役を降りる場所を探していた。
もう一通送る。
「未来のあなたは、家族を持ちます。
幸せですか」
返事は翌日来なかった。
一週間後、本の最後の頁へ小さく書かれていた。
「未来を教えないで。
幸せになると決まったら、今の苦しさを我慢しなければならない気がする」
司書は、自分が祖母へ救いを届けるつもりになっていたことに気づいた。
過去の子どもへ、将来の幸せを理由に耐えさせようとしていた。
三通目には質問を書かなかった。
「今日は図書館で、誰にも頼まれず一冊読んでいい。
未来の私は、あなたが逃げた場所で働いています」
返事はすぐ来た。
「それなら、今日の私は少し役に立った?」
司書は迷い、こう返した。
「役に立たなくても、ここにいてよかった。
でも、あなたが選んだ本は、私へ届きました」
それが最後の往復になった。
本を零時に返しても、返事は来ない。
司書は図書館に「役目のない席」を作った。
勉強禁止でも相談専用でもない。
何もせず座ってよい、小さな窓際の席。
札には説明を長く書かず、
「今日は、ここにいるだけでよい」
と記した。
ある日、家の手伝いで疲れた子どもが、その席で古い児童書を読んでいた。
司書は声をかけず、閉館時刻だけを伝えた。
祖母の過去を変えることはできない。
けれど最初の読者が逃げ込んだ頁は、次の誰かが役を降りる場所として、今の図書館へ開いたまま残っていた。