最小は人の高さにない

久世綾乃は床へ伏せ、投影機の下にある四角い蓋を開いた。肩幅ほどの穴へ頭から潜り込み、肘で這う。佐伯環と鴇田征が一番扉の前で争う声が、背後で急に遠くなった。

「それは通気口だ!」

環の叫びに、綾乃は暗がりから片足だけを振った。

「蝶番と錠がある。扉よ」

規則は単純だった。

――この室内で最小の番号が付いた扉を通過した一人を勝者とする。

人の背丈を超える三枚の扉には、一、二、三。だから二人は一番こそ正解だと信じた。だが綾乃は、規則が「正面の扉」とも「人が立って通れる扉」とも言っていないことに気づいた。

投影機の光がわずかに揺れるたび、床近くの金属板に文字が浮かんでいた。

〈点検扉 0〉

普段は機材を引き出すための保守口だ。主催者は映像を映すことばかり考え、その真下まで画面で隠せると思ったのだろう。番号は小さく、参加者の目線よりはるか下に刻まれていた。

鴇田が一番扉を離れ、綾乃の足首をつかもうとする。しかし保守口の扉は内側へ閉まり、彼の指を遮った。綾乃は狭い配線室へ全身を滑り込ませる。出口はない。ケーブルと埃しかない空間だった。

配線室の壁には、保守員が使う折り畳み椅子まで固定されていた。人が中へ入る前提の空間である以上、「単なる蓋だから扉ではない」という反論もできない。綾乃はその椅子の脇まで這い、両足も完全に敷居の内側へ収めた。

それでも、勝利条件は脱出ではなく通過だ。

「そんな穴を人間用の扉と呼べるか!」

鴇田の声に、天井の機械音声が答えた。

〈扉番号、零。通過を確認〉

綾乃の首輪が外れ、配線室の床へ落ちた。緑のランプがケーブルの束を照らす。

環と鴇田は、まだ一番の所有権を争っていた。彼らの常識では、扉は立って通るものだった。主催者の常識では、点検口は舞台の一部ではなかった。

綾乃は膝の埃を払い、配線室の奥で開いた非常錠へ手をかける。

「最小の数字は、たいてい一番低いところに置かれるのね」

その言葉を最後に、正面の三枚が一斉に赤く染まった。