最弱テイマーの空いた檻
フィオナが育てた白翼獅子は、戴冠式の鐘に怯えて逃げた。
広場の天幕を三つ倒し、花冠を踏み、王の演台へ爪痕を残した。フィオナは必死に追い、森の入口でようやく眠り歌を届かせたが、式典は中止。飼育士として最悪の失敗だった。
獣舎へ戻ると、白翼獅子は檻の奥で小さく丸まっていた。金色のたてがみには式典の花びらが絡み、爪の先は震えている。フィオナもその前へ座り、首から調教笛を外した。自分が怖がらせたわけではない。それでも止められなかったのは、自分だ。
前の牧場では、暴れ馬一頭で追い出された。今回も同じだ。騎士ガレスも、神官シオンも、学者ブラムも、危険な自分から離れるに決まっている。
荷袋へ服を詰め、飼育記録の最後に「担当変更を願います」と書いた。白翼獅子が鼻を鳴らす。フィオナは振り返れなかった。別れを覚えさせるのは残酷だが、突然いなくなるよりはましだと自分に言い聞かせた。
そのとき、獣舎の扉が開いた。
ガレスは無言で腰の短剣を抜き、フィオナへ柄を差し出した。
「獣舎の夜番をする。万一のときは、これで俺を止めろ」
「私を止めるんじゃなくて?」
「お前が一人で全部背負おうとしたときに使え」
シオンは汚れた床へ膝をつき、踏み荒らされた花冠の花を一本ずつ拾い始めた。
「明日の謝罪に持っていく。私も行く。神殿の鐘を鳴らしたのは私だから」
ブラムは檻の外へ寝具を広げた。分厚い研究書を枕にし、眼鏡を外す。
「怯えの原因を観察する。今夜はここで寝る」
「明日は王城から処分の相談が来る。私にも、この子にも」
「なら、相談を四人で聞く」とガレスが言った。
「みんな、帰らないの?」
三人は答える代わりに、それぞれの場所へ収まった。ガレスは扉、シオンは水桶の横、ブラムは檻の前。
白翼獅子が鼻先を鉄格子へ寄せる。フィオナが笛を握り直すと、その大きな翼がゆっくり畳まれた。
フィオナは書きかけの担当変更願いを破り、水桶へ落とした。紙の文字が滲んで消える。
夜番用の灯りが四つ点く。
空いていたはずの獣舎は、誰にも捨てられない場所になっていた。