最後の返済日に借りたもの

 二十歳の冬、息子は実家の金庫から五十万円を持ち出した。

 友人と始めた商売に使い、失敗し、帰れなくなった。

 それから二十年、毎月二千円ずつ母の口座へ振り込んだ。余裕のある月は五千円。仕事を失った年は、一度も送れなかった。

 母から連絡はなかった。

 最後の残額が四千円になったとき、銀行ではなく実家へ持っていった。

 母は八十歳になり、古い店を一人で守っていた。息子を見ても驚かず、帳場から大学ノートを出した。

〈一月 二千円。雪〉

〈六月 五千円。梅を漬ける〉

〈十二月 入金なし。生きているか心配〉

 二十年分の返済と、その日の天気や店の出来事が並んでいた。

「数えてたのか」

「借金だからね」

 息子は四千円を置いた。

「これで終わりだ」

「金はね」

 母は受領印を押した。

「許してくれとは言わない」

「許すかどうかを、あなたが決めないで」

 母の声は静かだった。

「盗られた金より、何も言わず消えたことに腹が立ってる。二十年、振込名だけ見て、今日は生きてると思った」

 息子は頭を下げた。

「帰る顔がなかった」

「顔は最初からついてるでしょう」

 母は立ち上がり、店の奥から段ボールを運んできた。中には古い帳簿、写真、父の法被が詰まっている。

「今度は私が借りたい」

「何を」

「来月の日曜日。一日」

 店を閉めるため、片づけを手伝ってほしいという。

「返せるか分からない」

「時間は返さなくていい。次の月に、また借りるから」

 翌月、息子は来た。

 二人は棚を外し、黄ばんだ値札を剥がした。母は盗まれた日の話をし、息子は失敗した商売と、その後の暮らしを話した。

 夕方、幼い息子が店先に立つ写真が出てきた。

「持っていきなさい」

「借りるだけにする」

「返しに来る理由が要るの?」

「まだ、あったほうがいい」

 母は写真の裏へ貸出日を書いた。

 借金は完済した。

 それでも息子は毎月、借りた写真を返さずに店へ来た。

 返さなかった年月を埋めることはできない。

 ただ、これから借り合う時間だけは、二人で増やせた。