最終リハーサル

染井つばさは、結婚式前日の礼拝堂で、畔柳匡平と介添人役の女が抱き合っているのを見た。

二人はカーテンの隙間に気づかなかった。つばさは声をかけず、予定どおりリハーサルを始めた。

匡平は祭壇で、何も知らない花婿の顔を作った。

「明日は完璧にやろうな。俺の取引先も大勢来るんだから、余計なことはするなよ」

「うん。台詞だけ確認しよう」

司式者役のスタッフが尋ねる。

「健やかなるときも、病めるときも、互いを愛すると誓いますか」

匡平はよく通る声で「誓います」と答えた。

つばさはマイクを受け取った。

「誓いません」

礼拝堂の後方で、介添人役の女が息をのんだ。

匡平は笑ってごまかそうとした。

「緊張してるのか? 本番じゃないんだから」

「本番もないよ」

つばさが合図すると、式場責任者が入ってきた。手には変更届とキャンセル規定がある。

「明日の婚礼は中止です。ただし会場、料理、装花はそのまま使用します。染井様から、地域の子ども食堂の支援会へ変更する申請をいただきました」

匡平の口が開いた。

「勝手に変えられるわけないだろ。契約者は俺だぞ」

「はい。ですので、畔柳様が署名された『婚礼中止時は支払済み費用を会場主催行事へ振り替えられる』という条項に基づいております。返金はございません」

つばさは、招待客へ送信済みの案内を見せた。事情は一行も書かず、「祝儀不要、未使用の文具を寄付してください」とだけある。出席者の九割が参加を返信し、料理人も演奏者も趣旨を聞いて残ると答えていた。

参列者役のスタッフまで息を潜める中、匡平は介添人役の女へ手を伸ばした。

「なら、俺たちで式をすればいい」

女は一歩下がった。

「奥さんとは先月離婚したって言ったよね」

「それは、話し合いが――」

「私も誓いません」

式場責任者が二人の間へ書類を差し出した。

「畔柳様、婚礼中止の最終確認です。こちらの署名は、すでに頂戴しております」

大きな赤い受付印が、匡平の名前の上へ落ちた。