本日のアイコンは全員逆さま
町内会の交流アプリへ、八十一歳の新規利用者が初めて写真を投稿した。
〈庭の朝顔です〉
写真は上下逆で、朝顔より本人の指が大きく写っていた。
すぐに返信がついた。
〈逆さまですよ〉
〈指しか見えない〉
〈設定を勉強してから使ったほうが〉
投稿者は五分後に書いた。
〈申し訳ありません。やはり私には難しいので退会します〉
それを見た高校生が、自分のプロフィール画像を上下逆にした。
〈今日は端末が逆立ちする日です。退会は明日にしてください〉
パン屋の店主も、飼い犬の写真を逆さまにした。
整骨院は看板を逆さまにした。
町内会長は操作に失敗し、なぜか横向きになった。
〈会長だけ方向が違います〉
〈自由参加です〉
〈犬は逆さでもかわいい〉
交流欄は、朝から妙な写真で埋まった。
最初の投稿者が、おそるおそる返信した。
〈皆さんも間違えたのですか〉
高校生は答えた。
〈わざとです。間違えても居ていい場所にする実験です〉
午後、彼は写真の回転方法を、番号を振った画像で説明した。難しい言葉は使わず、押す場所へ赤い丸をつけた。
夕方、朝顔の写真がもう一度投稿された。
今度は正しい向きだった。青紫の花が、竹の支柱へ三つ咲いている。
〈できました。今朝より一つ増えました〉
返信欄には、花への感想だけが並んだ。誰も最初の失敗を蒸し返さなかった。
それから投稿者は、毎朝、庭の写真を載せるようになった。冬には、若いころ覚えた漬物の作り方を短い動画で紹介した。高校生はその動画を見て、祖父と一緒に大根を漬けた。
一年後、別の高齢者が音声入力を失敗し、意味の分からない投稿をした。
最初に反応したのは、朝顔の人だった。
〈今日は言葉が散歩に出た日です。退会は明日にしましょう〉
その日、町内会のプロフィール画像は、今度は全員、少しだけ横へ傾いた。
翌朝には元へ戻ったが、朝顔の人だけは、記念に一度目の逆さ写真を保存していた。失敗の証拠ではなく、自分が町へ入った日の写真として。
笑うためではない。
失敗した一人を、笑われる側へ置かないためだった。