次の金曜は、来なかった
辻ヶ花千紘と楯岡昴生のデートは、毎週金曜十九時十二分発の各駅停車だった。
千紘は隣町の病院から、昴生は印刷工場から乗る。
二人が同じ車両にいられるのは三十八分。終点で降り、ホームの自動販売機で温かい飲み物を買い、反対方向の電車で帰った。
付き合って三年、旅行は一度もなかった。
それでも金曜があれば十分だと思っていた。
病院で欠員が出て、千紘の夜勤が増えた。
印刷工場は新しい取引先を得て、昴生の残業も増えた。
〈今日は乗れない。ごめん〉
〈了解。来週ね〉
最初は必ず、次の約束があった。
やがて返信は短くなった。
〈今週も無理〉
〈こっちも〉
〈また落ち着いたら〉
「落ち着いたら」がいつなのか、二人とも訊かなかった。
忙しい相手を責めたくなかったし、自分ばかり会いたがっていると思われるのも怖かった。
ある金曜、千紘は久しぶりに十九時十二分へ間に合った。
いつもの三両目、進行方向右側の席に座る。
昴生は乗ってこなかった。
メッセージを打つ。
〈今日、乗ってるよ〉
送信する前に、彼の最後の言葉が目に入った。
〈次の金曜なら、たぶん〉
三か月前だった。
千紘は送らずに画面を閉じた。
「たぶん」を約束にしたのは、自分だけだったのかもしれない。
その夜から、連絡を取らなくなった。
昴生もまた、同じ頃に勤務時間が変わり、十九時十二分の電車へ乗らなくなっていた。
千紘から何も来ないのを見て、彼女はもう金曜を必要としていないのだと思った。
半年後、駅のダイヤが改正された。
十九時十二分発は、十九時九分発の快速へ変わった。
改正初日、千紘は反対ホームに昴生を見つけた。
髪が少し短くなっていた。
彼も気づいた。
二人は驚き、それから同時に笑った。
駆け寄るには線路があり、電話をかけるには半年があった。
発車ベルが鳴る。
昴生が口の形だけで「元気?」と訊いた。
千紘はうなずき、「うん」と返した。
列車が互いに逆方向へ動き出す。
手は振らなかった。
あの日、話せばやり直せたのかもしれない。
けれど二人は、相手が選んだと思っていた沈黙を、今さら取り上げなかった。
毎週三十八分だった恋は、最後の一分さえ持たずに終わった。
別れの場所は、どの駅でもない。
次の金曜を、どちらも決めなかったメッセージの余白だった。