歪んだ湯呑みの町
古志戸環菜は、陶芸公募展の落選通知を受け取ったその日に、焼き物の町へ向かった。
三年かけて作った花器だった。講評には〈技術は安定しているが、印象が平板〉とある。
安定させるために何百個も失敗してきたのに、最後にそれを欠点と呼ばれたことが悔しかった。
泊まった民宿の主人は、引退した窯焚きだった。
玄関には、口の歪んだ湯呑みや、釉薬の流れすぎた皿が並んでいる。
「売り物ですか」
「売れ残り」
「捨てないんですね」
「水は入るから」
夕食後、主人は環菜を裏の小さな工房へ連れていった。
棚の隅に、素焼きの湯呑みがいくつかある。
「好きなものへ絵を描けば、朝焼くよ」
環菜は一番整った形を選びかけ、隣の歪んだ一つへ手を伸ばした。
口縁が片側だけ低く、胴にも指の跡が残っている。
何を描くか決まらず、青い釉薬で短い線を何本か引いた。
主人は横から見て、
「雨?」
「分かりません」
「分からないものを、そのまま焼くのもいい」
環菜には、それが無責任で自由な言葉に聞こえた。
翌朝、湯呑みは小さな電気窯から出てきた。
青い線は思ったより濃く、途中でにじみ、雨にも草にも見える。
主人が焙じ茶を注いだ。
「漏れるか試そう」
湯呑みは漏れなかった。
環菜が口をつけると、低い部分が唇へちょうど合った。湯気に炒った茶葉の香りが立ち、指の跡が掌へ柔らかく触れる。
「平板って言われました」
環菜が話すと、主人は自分の欠けた茶碗へ茶を足した。
「審査する人は、作品を一度見る。使う人は、毎日違うところを見る」
「慰めですか」
「湯呑みの話」
町を歩くと、窯元の軒先へ失敗作の欠片が敷かれ、雨水を受けて光っていた。
環菜はそれを写真へ撮らず、靴の裏でざらりとした感触を確かめた。
帰りの列車で、歪んだ湯呑みを膝に抱えた。
落選した花器を壊すつもりでいたが、家へ戻ったらまず水を張り、花を一輪挿してみようと思う。
評価が変わるわけではない。ただ、使い方が一つ増える。
紙箱の隙間から、焙じ茶と土の乾いた匂いが上がった。
環菜の指には、にじんだ青の感触がまだ残っていた。