死亡診断書の余白

救急医の魚住叡司は、十七歳の芦名遥久を死なせた翌月、病院を辞めた。

救急車が三台重なった夜だった。叡司は遥久の腹痛を軽いものと判断し、処置を後回しにした。二十分後、隠れていた動脈瘤が破裂した。

調査委員会は「予見困難」と結論づけた。遥久の母も訴えなかった。それでも叡司は、診断書の死亡時刻の横に、自分の迷いが黒い染みのように残っている気がした。

辞職後は医療翻訳の内職をした。救急車の音がするとカーテンを閉め、白衣の出てくる番組は消した。医師をやめれば、あの夜より先へ進まなくて済んだ。

死者回線が医療事故遺族にも開放されたと知り、叡司は遥久の番号へ電話した。

「謝りたい」

『どうぞ』

若い声は、驚くほど平らだった。

叡司は準備してきた言葉を話した。判断を誤ったこと。怖くて母親に会えないこと。もう医師を名乗る資格がないと思うこと。

『それで、僕に何を言ってほしいんですか』

「許す、と」

『ずるいですね』

胸を刺された。

『先生が楽になるために、死んだ僕を使うんだ』

叡司は反論できなかった。

『僕は、あの夜の結果しか知らない。別の判断なら助かったかも、同じだったかも分からない。だから許すとも許さないとも言えません』

通話時間は残り一分だった。

『ただ、救急車の中で先生が僕の名前を呼んだのは覚えてます。手を握って、母さんが来るまで離さなかった』

「それは、医者なら誰でもする」

『じゃあ、誰でもすることを、これからもしてください』

電話は切れた。

叡司は復職しなかった。元の病院へ戻れば、償いを演じてしまう気がした。代わりに、夜間診療所で研修医を教える仕事に就いた。最初の当直では、廊下を走るストレッチャーの音だけで吐きそうになった。それでも帰らなかった。

判断に迷う若い医師へ、叡司は必ず言った。

「分からないと言っていい。ただし、分からないまま一人で決めるな」

遥久へ二度目の電話はしなかった。許しは得られなかったし、得るべきでもないと思った。

それでも死亡診断書の余白には、もう一つの時刻が書き加わった。

叡司が、医師として生き直し始めた時刻だった。