残り一回のいいね
木曜の夜十時、紫乃の画面には〈本日の「いいね」残り一回〉と表示されていた。
無料会員に与えられる分を、帰りの電車と夕飯のあいだに使った。メーカー勤務、休日はサウナ。公務員、犬と暮らしています。広告関係、まずは電話から。写真を送り、文章を読み、少し迷って左か右へ指を動かす。一人を閉じるたび、その人の休日まで否定したような後味がした。指先だけが先に疲れていった。そのたびに、人を数秒で選んでいる罪悪感と、自分も同じ速さで選ばれている心細さが残った。
最後の一回を誰に使うか決められず、紫乃はスマートフォンを持ったまま台所へ立った。
鍋には朝の味噌汁が一杯分残っている。冷蔵庫から出した豆腐を足すと、温度が下がった。火にかけながら、また一人のプロフィールを開く。
〈穏やかな関係が理想です〉
悪くない。写真の背景には山があり、自己紹介も丁寧だった。ただ、「この人を逃したら」と思うほどではない。「逃したら」と思えない自分は、真剣さが足りないのだろうか。
味噌汁がふつふつ鳴り、紫乃は慌てて火を止めた。鍋の縁に薄い泡が残る。テーブルのレシートには、今日買った豆腐が四十八円、もやしが三十九円と印字されていた。人間より食材の方が、選ぶ理由を説明しやすい。
アプリは、残り一回を使えば今日をきちんと終えられるような顔をしていた。使わなければ権利は午前零時に消える。消えるものは使った方が得だと、ポイントカードや割引券で覚えてきた。
けれど、誰かへの「いいね」は、使い切るために押すものではない。
紫乃は最後のプロフィールを閉じ、スマートフォンを裏返した。豆腐の増えた味噌汁を椀へよそい、冷凍ご飯を半分だけ温める。
残り一回は、そのまま期限切れになるだろう。明日になれば、また同じ数が配られる。配られなくても、それで人生が一日遅れるわけではない。
味噌汁は少し薄かった。紫乃は醤油を一滴足し、今日は誰も選ばない自分を、真剣でないとは呼ばないことにした。