段ボール王国の中立地帯
皆月奏平の家が二つになる日、茶トラのコロッケは段ボール箱を十二個占領した。
母が「台所」と書けば中へ入り、父が「書斎」と書けば爪で文字を消す。引っ越し業者が持ち上げようとすると、底から不満そうな声がした。
「この箱も猫入りです」
「うち、猫以外が入ってる箱ある?」
両親は笑ったが、すぐ黙った。
二人は離婚することになっていた。大声の喧嘩はしなかったし、どちらかが悪いとも言わなかった。ただ、父は駅の向こうの部屋へ移り、奏平は母と今の家に残ると決まった。
奏平は歯ブラシを二本買い、サッカーの靴下を二つの袋へ分け、漫画は奇数巻と偶数巻に分けた。どちらの家でも困らない準備は、どちらにも全部はいられない準備に似ていた。
決まった、と大人たちは言った。
「コロッケはどっちの家がいいと思う?」
夕食のとき父に聞かれ、奏平は箸を止めた。
「猫は選べないよ」
「そうだな。じゃあ、ここに――」
「ぼくも選べないよ」
父の言葉が止まった。
母は、奏平が母と暮らしたいと思っていると考えていた。父は、学校を変えたくないのだと思っていた。奏平は二人が困らない答えを探し、何も言わないまま、すでに選んだことにされていた。
その夜、コロッケがまた消えた。
三人で箱を開けて回ると、最後の一つにいた。母のエプロン、父の古いパーカー、奏平のサッカーボールを抱え込み、その中央で香箱を組んでいる。
箱の側面には、行き先を書く欄があった。
母の家。
父の家。
処分。
どこにも丸がついていない。
父が床へ座った。
「ごめん。猫にできないことを、奏平にさせようとしてた」
母も隣に座った。
「決め直そう。何度でも」
三人は夜中まで話した。平日は今の家、週末は父の部屋。ただし会いたい日はいつでも変更。学校行事は二人とも来る。コロッケは移動が苦手だから今の家に住むが、父は合鍵を持ち、週に一度は世話をしに来る。
完璧な答えではなかった。予定どおりにいかない週も、寂しくなる夜もあるだろう。けれど、奏平の希望が初めて入った答えだった。
引っ越し当日、父は新居へ運ぶ最後の箱に「中立地帯」と書いた。中には三人で買った猫用ベッドが入っている。
一週間後、奏平と母が父の部屋を訪ねた。
立派なベッドは空で、コロッケはその箱の方に収まっていた。
「王様は箱が好きだな」と父が言う。
奏平は笑って、箱の余白へ書き足した。
――家族は、別々の家に入っても、同じ猫の家来。
コロッケは三人を見回し、当然だという顔であくびをした。