毒入りは一つだけ
古民家カフェの試飲会で、店主が五つの湯呑みを並べた。
「この中に一つだけ、毒入りがあります」
参加者四人が固まる。
店主は笑顔のまま続けた。
「見抜いた方には新作茶を一年分。では、ご自由に」
誰も湯呑みに触れない。
眼鏡の男性が小声で言った。
「一年分という賞品は、口封じかもしれない」
隣の女性がうなずく。
「“ご自由に”は自己責任という意味ね」
学生が店主を見る。
「店主だけ飲まないのも怪しい」
主婦が反論する。
「犯人が自分の毒で死ぬわけないでしょう」
「もう犯人と呼んでる」
四人は茶の色、湯気、湯呑みの傷を調べ始めた。
「二番だけ泡が多い」
「毒が反応した?」
「店主が最後に注いだのは四番」
「手袋をしたのは三番の時」
「それ、鍋つかみです」
「厚い手袋ほど毒物向き」
店主が促す。
「冷める前にどうぞ」
眼鏡の男性が身を引く。
「時間制限で判断力を奪う戦法」
主婦が囁く。
「誰か一人を実験台に」
学生が怒る。
「多数決はだめです。人狼が混じっている」
「茶会に人狼を連れてくるな」
「毒入りを出す店なら、何でもありです」
女性が名案を出した。
「全部を一つの急須へ戻して混ぜれば、毒は五分の一」
「全員で薄く死ぬだけでは?」
「毒の種類による」
「そこから議論するの?」
店主は腕を組み、面白そうに見ている。
眼鏡の男性が言った。
「もしかして、毒入りは存在しない。疑心暗鬼そのものが毒」
全員が息をのむ。
「心理実験?」
「賞品は信頼を取り戻した者へ」
店主が拍手した。
「深いですね。でも違います」
彼は一番の湯呑みを取り、一口飲んだ。顔をしかめる。
「これです」
四人が後ずさる。
店主は棚から袋を見せた。
〈罰ゲーム用・超濃厚センブリ茶〉
「うちでは苦すぎる飲み物を“毒茶”と呼んでいます。食品として安全です」
学生が恐る恐る二番を飲む。
「普通においしい」
主婦も三番を飲んだ。
一年分の新作茶は、最初から一番を選んだ店主が獲得した。
参加者が失ったのは、命ではなく試飲時間だった。