毒杯が告げた七人の手

「魔力ゼロの偽聖女には、毒がお似合いよ」

王女が微笑み、南雲紗良の前へ銀杯を置いた。

紗良は召喚された翌朝、聖女候補として選ばれた。午後には魔力がないと判定され、夜には王子毒殺未遂の犯人にされた。処刑は公開の毒杯。飲めば心臓が止まり、拒めば兵士に斬られる。

観覧席には国王、王女、大神官、宮廷薬師。誰もが筋書きの終わりを待っている。

王子だけは青ざめた顔で座っていたが、昨日会った本人より指が一本長い。紗良がそれを口にすると、兵士は首輪をさらに締めた。観客には『恐怖で妄言を吐いた』と説明された。

銀杯から甘い杏仁の匂いがした。

紗良の視界に、ひとつの能力が現れた。

《毒脈追跡》

毒に触れた者の因果を、光の糸として一度だけ可視化する。

犯人を倒す力ではない。

けれど、会社員時代に不正経理を暴いたときも、必要だったのは派手な証言ではなく、誰がどこで数字に触れたかだった。

紗良は杯へ指先を置き、能力を使った。

紫色の光が毒から噴き出した。

一本は宮廷薬師の指へ。一本は大神官の袖へ。さらに王女の指輪へ伸びる。そこで終わらず、糸は玉座の背後を貫き、国王の印章へ絡みついた。

広場がざわめく。

だが光は七本あった。

最後の一本は、毒杯ではなく観覧席の下へ潜り、地下牢の方向へ続いていた。石床が透け、鎖につながれた王子の姿が映し出される。観覧席にいる王子は、変身術で作られた偽物だった。

大神官が杯を蹴ろうとした瞬間、紫の糸が締まり、彼の手首に毒の紋様が浮かんだ。

宮廷薬師の鑑定盤が勝手に起動する。

《調合者七名・投与対象は召喚者・目的は聖女権能の奪取》

文字が出た途端、盤面は耐えきれず粉々になった。

紗良は毒を飲まなかった。

ただ銀杯を持ち上げ、国王へ差し出した。

「ご自分たちで回した杯です。次は、どなたの番ですか」

近衛兵が剣を抜く音はしなかった。

代わりに、老将軍が観覧席から立ち上がり、紗良へ向き直って兜を脱いだ。

それを合図に、広場中の視線が罪人席から玉座へ移った。