毒針は主を選ばない
薬師クレハの診療所へ運び込まれた女は、脈がなかった。
それでも目は開き、袖口から毒針がのぞいている。戦闘用人造人間、暗殺型E―6。舌の裏に所有呪印を焼かれ、命令を拒めば自分の体内へ毒が回る造りだ。
「治せ。次の宴までに」
依頼主の男は、領主の密偵頭だった。
クレハはE―6の口を開かせ、黒い六芒印を見た。
「治療費は前払いです」
「好きに取れ」
「では、この印の所有権を」
男は笑って譲渡証へ署名した。どうせ薬師も暗殺人形を使いたくなる、と考えたのだ。
男が去ると、E―6は無表情に膝をついた。
「新所有者。標的を」
「いない」
「待機します」
「待機もしなくていい」
理解不能を示すように、彼女の瞳孔が細くなる。命令待機以外の姿勢を知らず、立つか座るかさえ自分では決めたことがないらしい。
クレハは譲渡証を乳鉢で細かく砕き、解毒薬へ混ぜた。紙には印を維持する主従毒が染み込ませてある。普通なら新しい血判で毒の向きを変える。クレハは逆に、契約そのものを薬にした。
「飲めば、印は消える。ただし命令も保護機能もなくなる」
「保護機能とは」
「所有者以外に殺されにくくする機能。つまり所有者には殺されやすい」
E―6は杯を受け取った。命じられていないのに、自分で飲んだ。
舌の印が白く泡立ち、消える。次いで彼女は激しく咳き込み、口から細い黒針を吐き出した。最後の命令毒だった。
「もう行ける」
クレハが窓を開けると、E―6は屋根伝いに姿を消した。
その夜、密偵頭が三人の兵を連れて診療所へ踏み込んだ。
「人形を返せ!」
クレハが薬瓶を握った瞬間、灯りが消えた。
短い悲鳴。再び火がつくと、兵たちは帯だけで柱へ縛られ、密偵頭の鼻先には毒針が止まっていた。
E―6が天井梁から降りる。
「殺害はしていません。あなたが嫌うと思ったので」
「戻る命令は出してない」
「はい。だから戻れました」
彼女は毒針を床へ捨て、短剣を柄からクレハへ差し出した。
「E―6ではなく、シオンと呼ばれたい。これは私が選んだ最初の処方です」