沢を渡る五人

朝比奈匡志が参加した民俗調査班は四人だった。指導教員、院生二人、撮影担当の匡志。目的地は皆瀬山の禁足沢で、戦前の炭焼き日誌を採集するだけの一泊行程だった。

日誌の最後には同じ文が何度も書かれていた。

《沢を渡るとき、人数を声に出して数えてはいけない》

班のグループチャットには、教員が冗談めかして固定した。

教授:点呼は目で。山の決まりを尊重すること

匡志:了解

院生A:四人しかいないですけどね

昼に撮った集合写真には四人と四つのザックしか写っていなかった。ただ、中央の空白に誰かが立っていたように雨粒だけが人型を避けている。夕方、雨で沢が増水した。一本橋を渡った直後、霧の向こうで院生Aの姿が消えた。呼んでも返事がない。教授が「全員いる、落ち着け」と言ったが、匡志には三人しか見えなかった。

恐怖を押さえるため、彼は一度だけ声に出した。

「一、二、三、四」

四と言った瞬間、自分のすぐ後ろで濡れた靴が橋を下りた。教授は振り向かず、胸元の人数カウンターを握り潰した。液晶には一瞬だけ《入山四・下山予定五》と出ていた。匡志のカメラも、誰も押していないのに背後へ向けて一枚撮った。

霧が薄れると、院生Aは先頭にいた。「ずっとここにいた」と怒った。四人は小屋へ戻り、誰も欠けていないことを確認した。ただし床には、泥の足跡が五人分あった。

下山後、教授は炭焼き日誌の写真を共有した。匡志が撮った覚えのない頁が一枚混じっている。

《数えられた者は、人になる。数えなかった者が山に残る》

教授は画像を削除し、調査を中止した。

一週間後、四人でオンライン報告会を開いた。画面には教授、院生二人、匡志。参加者数は「5」と表示されている。

匡志:誰か入ってます?

教授:招待は四人だけ

院生A:退出させます

参加者一覧の五人目は《四番目》だった。カメラは黒いまま、マイクだけが濡れた靴音を拾っている。

匡志が会議を終了しようとすると、システム通知が出た。

《ホスト権限が「四番目」に移動しました》

続いて五人目のカメラが点いた。映ったのは匡志の部屋だった。机の下に泥だらけの足が立ち、その足先だけが、画面の外にいる匡志へ向きを変えた。

《四番目さんが画面共有を開始しました》