泥を落とさないで
ラグビー部の最後の大会は、雨の中で終わった。
ノーサイドの笛が鳴ったとき、スコアは大きく離れていた。主将は泥の上に膝をつき、しばらく顔を上げなかった。
マネージャーの私は、保冷箱からタオルを出した。氷水で冷やした白いタオルは、渡した瞬間に茶色くなった。
「ごめん」
主将が言った。
「何が」
「汚した」
私は笑った。三年間、彼らのユニフォームを洗い、泥だらけのボールを拭き、雨の日には靴の中へ新聞紙を詰めた。今さら白いものを守る気などなかった。
学校へ戻ると、夕暮れのグラウンドは水たまりだらけだった。後輩がゴールポストの保護材を片づけ、三年生は部室で最後の挨拶をしていた。
主将だけが、洗い場でユニフォームをこすっていた。
「今日は置いといていいよ」
「最後だから」
「最後なら、私の仕事にして」
彼は手を止めた。
「ずっと任せてたから、最後くらい自分でやりたい」
泥水が排水溝へ流れた。赤かったユニフォームが少しずつ元の色へ戻る。
私は隣でタオルを洗った。何度すすいでも茶色い水が出た。
「落ちないね」
「捨てていいよ」
「嫌」
思ったより強い声が出た。
このタオルはただの備品だ。番号も名前もない。それでも、最後に彼が首へかけた瞬間を消したくなかった。
主将はしばらく私を見てから、洗う手を止めた。
「じゃあ、泥を落とさないで」
「臭くなる」
「少しだけ残して」
無茶な注文だった。
翌日、私は何度も水を替え、柔らかい部分だけを洗った。端に小さな茶色い染みが残った。落とせなかったのではなく、落とさなかった。
卒業の日、主将にそのタオルを渡した。
「部の備品だろ」
「廃棄予定」
「嘘」
「マネージャー権限」
彼は染みを指でなぞった。
「負けた日の泥だな」
「最後まで立ってた日の泥」
校門を出る前、彼はタオルを肩にかけた。乾いた染みは、もう汚れには見えなかった。
夕暮れのグラウンドでついた、消えない背番号のようだった。
彼はその場で一度だけタオルを握りしめた。乾いた布から、雨の日の声まで戻ってくるようだった。