海を越えない一いいね
十六時二十分。葛巻礼央は島行きフェリーの改札で、鴨川史織とマッチした。出航まで十分。アプリの距離は〈三百メートル〉。八年ぶりに見る彼女の写真には、半分だけの海硝子が胸元で光っていた。
高校卒業の日、二人は波で丸くなった青い欠片を割り、片方ずつ持った。礼央が都会へ出る朝、史織は「戻るまで預かる」と言った。礼央は戻らず、連絡も仕事の報告だけになった。史織が台風や祭りの写真を送るたび、礼央は〈懐かしい〉と返した。本当は〈帰りたい〉だったが、島に残る彼女へ都会で失敗した弱音を見せられなかった。史織も島を出たい理由を言わず、礼央も帰る理由を言わない。海硝子だけが、二人の言葉より正直に同じ色を保っていた。割れた断面を合わせれば、今も一枚の青になる。
到着便の乗客が改札から流れ出す。その中に史織がいた。都会向きのコート、大きなスーツケース。礼央は島の診療所へ戻るため、逆に船へ乗るところだった。
「アプリ、始めたんだ」
「そっちこそ」
「島じゃ誰も出ないから、距離を広げてた」
「俺は今日、狭めた」
二人は笑った。互いに何のために移動するのか、聞けないまま改札の警告音が鳴る。
史織は「本土で就職した」と言った。礼央は「島に戻る」と答えた。彼女の目が一瞬だけ揺れた。
「やっぱり、すれ違うね」
「昔からタイミング悪いから」
「じゃあ、いいねは記念ってことで」
史織は都会へ向かうバス乗り場へ歩き、礼央は乗船列へ入った。タラップが上がる直前、圏外だったアプリにメッセージが届く。送信は十六時十八分。
〈島を出たの、あなたが戻らないと思ったから。今日戻るなら、私も戻れた〉
礼央も、島の求人票を受け取った夜に打ったまま送れなかった文を開く。
〈史織がいるなら帰る〉
岸では史織を乗せたバスが動き始めていた。今降りれば診療所との約束を破る。彼女が島を出るまで待たせた年月を、さらに自分の都合で縛ることもできなかった。
礼央は半分の海硝子を握り、島行きの船へ乗った。