漬物樽の重石
高校生の拓巳は、祖母の冨佐から白菜漬けを習った。
料理に興味があるわけではない。家庭科の課題で「家に伝わる味」を調べることになったからだ。
冨佐は白菜を半日干し、塩を葉の間へ擦り込む。昆布、唐辛子、柚子の皮。最後に丸い重石を載せた。
「何キロ?」
「知らない。昔からこれ」
拓巳が体重計で測ると、三・八キロだった。記録用紙へ正確に書く。
「塩は何グラム?」
「葉っぱに聞く」
祖母の答えは課題に使いにくい。
三日後、樽を開ける。青い葉の匂いが酸味へ変わり、底に水が上がっていた。
食べてみると、少し塩辛い。
「失敗?」
「今日はね。明日はちょうどよくなる」
翌日には確かに味が丸くなっていた。拓巳は記録へ〈時間で塩分の感じ方が変わる〉と書いた。
学校で発表すると、友人たちは重石の写真を面白がった。どこで買えるのかと訊かれ、答えられなかった。
帰宅後、冨佐に尋ねると、それは川原で祖父が拾った石だという。
「漬物より先に家へ来た」
春、冨佐が腰を痛め、重石を持てなくなった。拓巳が代わりに樽へ載せる。
三・八キロは数字で知っていたより重かった。
漬かり上がった白菜を二人で切る。包丁の下で水が光り、柚子の香りが台所に広がった。課題は終わっていたが、拓巳は次の冬も塩の量を測った。祖母は相変わらず、葉っぱに聞けと言った。
課題の用紙は、冨佐の言葉をそのまま書いて提出した。〈塩は葉っぱに聞く〉。先生は赤字で、数値化できない技術も記録しておくこと、とコメントした。拓巳は新しいノートを一冊、漬物専用にした。気温、塩の重さ、味が変わった日。冨佐は数字を見ないが、孫の記録を捨てず樽の脇へ置く。春先、最後の白菜を出すと、重石の下に柚子の皮が一筋残った。二人で噛むと苦く、鼻へ上がる香りだけが冬の台所のように明るかった。
重石を持ち上げるたび、拓巳の腕は少し慣れた。冨佐は横から「軽くなったか」と訊く。石は同じ三・八キロでも、二人で待った冬の分だけ手に馴染んでいた。