火傷を隠す鍛冶師と雪膜薬
鍛冶師ドナートは、右手を背中へ隠したまま薬屋へ入ってきた。
店主セオンは挨拶より先に、焦げた革の匂いへ気づいた。
「見せてください」
「大したことじゃない」
「では、お帰りを」
「待て」
観念したドナートが手袋を外す。掌は赤く爛れ、中央に小さな炎が貼りついていた。普通の火傷ではない。魔剣を鍛つ者が受ける、消えない炉呪いだ。
「今夜までに王国剣を仕上げる。柄を握れなければ、工房は潰れる」
納期を破れば、王都の大工房が仕事を奪う。弟子十二人の冬支度まで、この一本の代金にかかっていた。
「冷却魔法は?」
「三人の魔術師が試した。氷ごと燃えた」
セオンは白磁の壺を一つ、カウンターへ置いた。
「雪膜薬です。冷やすのではなく、火傷と炎の間に薄い皮膜を作ります」
「痛み止めか」
「いいえ。痛みは残ります」
ドナートの眉が吊り上がる。
「役に立たん」
「痛みまで消せば、力を入れすぎて手を壊す。鍛冶師なら、痛みを測れたほうがいいでしょう」
その言葉で、男は黙った。
セオンが薬を一刷毛塗ると、白い膜が掌を覆った。じゅう、と雪へ鉄を置いたような音がする。貼りついていた炎は膜の外で揺れ、やがて芯を失って消えた。白い膜の下で脈が打ち、焼けた皮膚へ少しずつ血の色が戻っていく。
ドナートは顔を歪めたまま、店の隅にあった重い乳鉢を掴む。
持ち上がった。
次に柄の細い薬匙を握り、指先だけで回す。落とさない。
最後に腰の小槌を取り、カウンターへ一度だけ打ち下ろした。乾いた音がまっすぐ響き、手首はぶれなかった。
「痛む」
「正常です」
「だが、握れる」
ドナートは壺を懐へ入れた。銀貨を積み、それでも足りないと思ったのか、腰袋から真新しい鉄片を出す。
「店の裏口、蝶番が鳴いていた。明日直す」
「薬代に修理は含まれません」
「俺の礼に、お前の値札は関係ない」
荒々しく扉を開け、鍛冶師は工房へ走っていった。
セオンは銀貨を数えず、棚へ新しい札を立てる。
――炉呪い用・雪膜薬。在庫四。
そこへ遠くの工房から、完成を告げる槌音が三度響いた。
直後、店の鈴も一度鳴る。
ちりん。
煤だらけの手袋をした影が、次の壺を求めて立っていた。