火山牧の石卵

朱鷺森カナメが譲り受けた火山牧には、羊も牛もいなかった。

黒い斜面に丸い岩が転がっているだけで、村人は「焦げた土地」と呼んだ。けれど満月の翌朝になると、岩の腹がぱくりと開き、中から橙色の温石が一つずつ生まれる。土地に棲む火蜥蜴が温石を籠へ押し、坂下の湯治宿へ運ぶ。宿は冬の暖房用に定額で買い取り、代金は領主口座へ自動で入った。

最初の入金通知を見たとき、カナメは古い制服の襟を指でつまんだ。

王宮炉室の赤い制服。肩は焦げ、胸元には火の粉で空いた穴が並ぶ。炉番だった五年間、真夜中でも「温度が一度下がった」と呼び戻された。休憩室の椅子で眠り、朝の鐘でまた石炭を運んだ。

〈温石四十八個、月次契約分の納品完了。生活費口座へ振替済み〉

大金ではない。だが、一月分の食料と薬代を払っても、温泉の修繕用に残せる。

カナメは初めての収益で、豪華な物ではなく卵と小麦を買った。昼間から生地を捏ね、焼き上がるまで窓辺で本を読んだ。王宮では炉の熱を扱っていても、自分の夕食を温かいうちに食べたことは少ない。温石を一つ台所へ置くだけで、火は穏やかに保たれ、焦げる前に甘い匂いが家へ満ちた。領地の熱は、誰かの宴ではなく彼女の暮らしを温めた。

そこへ、王宮炉室長の声が通信鏡から飛び出した。

『今夜、晩餐会だ。新人が温度を保てん。すぐ来い』

「私はもう炉番ではありません」

『一晩だけだ。陛下がお使いになる炉だぞ』

「私が倒れた夜も、その炉は止めませんでしたね」

鏡の向こうが黙る。室長はすぐに話を金へ変えた。

『特別手当を三倍出す』

カナメは斜面を見上げた。温石を産み終えた岩たちは、次の満月まで静かに眠っている。火山でさえ、毎晩働きはしない。

「三倍でも、今夜は売りません。私の時間です」

鏡を伏せると、赤い呼出光が机の木目へ消えた。

カナメは焦げた制服を脱ぎ、湯治宿から届いた浴衣に着替える。温石を一つ湯船へ沈め、肩まで浸かった。

湯気の向こうで月が昇る。今夜、温めなければならないものは、自分の冷えた指先だけだった。