火曜日までの豚汁
藤枝遙臣が右手首を折ったと聞き、垣内嘉月は鍋を持って訪ねた。連絡を絶って三年目だった。
「見舞いなら帰れ」
「包丁を持てない奴の台所を見に来た」
冷蔵庫にはビールとチューブの辛子しかなかった。流しには片手で開けられなかった缶詰が三つ並び、床には落とした箸が転がっている。遙臣は誰にも頼らず暮らしているつもりだったらしい。嘉月は黙って床の箸も拾った。高校ラグビー部で二人は同じ列に並び、重い相手を押した。最後に喧嘩したのは、遙臣が倒れた後輩を置いて祝勝会へ行き、嘉月が殴った夜だ。後輩は翌年、競技を辞めた。どちらも自分の方が正しかったと思っている。
嘉月は大根を切り、遙臣は左手で牛蒡を洗った。包丁の音と水音だけが続いた。遙臣は何度も手を出そうとし、ギプスを鍋へぶつけた。
「触るな。石膏味になる」
「俺んちだ」
「だから焦がすな」
豚肉を炒めると、狭い部屋に脂の匂いが広がった。嘉月は味噌を溶き、遙臣は椀を二つ出した。一つには縁の欠けがあった。昔、遠征先で二人が百円ずつ出して買ったものだ。
食べ始めてから、遙臣が言った。
「あいつ、今は整備士だってな」
「知ってる」
「俺には連絡ない」
「俺にも年賀状だけだ」
謝りに行こうとも、昔の話をやめようとも言わなかった。豚汁は少し濃く、遙臣は水を足そうとして左手で鍋を傾けた。嘉月が無言で取っ手を支えた。スクラムのときのように、力の向きだけは合った。
余った分を保存容器へ詰める。嘉月は月曜、火曜、水曜と油性ペンで書いた。遙臣が眉を上げる。
「三日分か」
「火曜まで。水曜は空だ」
「書いてあるだろ」
「俺が来て作り直す分」
遙臣は返事をせず、冷蔵庫の上段を空けた。容器を並べ終えると、いちばん手前に嘉月の椀を置いた。
帰り際、嘉月が鍋を持ち上げると、遙臣は左手で取っ手を掴んだ。
「それ、置いてけ。水曜に要る」
骨はまだ繋がらず、三年前の喧嘩も片づいていない。嘉月は鍋を離し、代わりに冷蔵庫の横へ自分のエプロンを掛けた。