無音の三秒

鳴瀬郁の評価表には、太字で〈生放送中の無音事故〉と書かれていた。

深夜ラジオの制作部へ入って八か月。昨夜の相談番組で、放送が三秒途切れた。その直後から、局内では新人が操作を誤ったことになっている。赤い放送中ランプの下で、その新人は手を膝に置いたまま、終了まで一度も機材へ触れなかった。

「三秒は短くない。判断に迷ったなら、まず先輩へ確認すべきだった」

面談相手のプロデューサーは、再生画面を止めた。郁は、無音になる一秒前へ戻した。

電話の向こうで、相談者が娘の本名と学校名を口にしている。事前確認では匿名希望。隣にいた後輩は、遅延装置の赤いボタンに手を伸ばしたが、それは前週の機材更新で、音を消すボタンから通話を切るボタンへ割り当てが変わっていた。

郁はその手を押さえ、卓の予備フェーダーを落とした。局名の短い音源を出そうとしたが、共有フォルダの位置も変わっていた。見つけるまでの三秒が、無音になった。ヘッドホンの中では空調の微かな唸りだけが聞こえ、郁は一秒ごとに長くなる沈黙を数えた。それでも、名前を電波へ戻すよりは短いと判断した。

「切断していたら、相談者には突然電話を切られた音が返り、個人情報は配信版にも残りました」

郁は昨夜の作業記録を置いた。放送終了後、ボタンの機能名を大きく貼り直し、匿名希望の通話では局名音源を卓上へ常置する手順に変えている。後輩の名前は事故欄ではなく、改善確認者の欄に入れた。

「でも、無音を出した事実は変わらない」

「はい。だから、私の判断として記録してください」

プロデューサーは評価票の鉛筆を止めた。そして、来月始まる別の生番組の進行役を提示した。出演者との調整が中心で、機材卓からは離れる仕事だった。

郁はその紙を返し、空いていた〈技術進行〉の募集票を取った。

「声を目立たせるより、出してはいけない声を止める仕事を覚えたいです」

昨夜と同じ時間帯の担当欄に自分の名を書き、次の生放送を引き受けた。