熱のある人の順番

直哉のスマートフォンに、父から電話が来たのは午前一時だった。

「巴さんが熱を出した。俺は出張先で戻れない」

「救急車は」

「そこまでじゃない。ただ、一人にするのが心配で」

父の再婚相手を、父が「巴さん」と呼ぶたび、直哉は他人行儀で助かると思っていた。自分まで親しげに呼ばなくて済む。

渋々向かった家で、巴はソファに毛布を巻きつけていた。

「ごめんなさい。呼ばなくていいって言ったのに」

「父さんがうるさいから」

体温は三十八度七分。冷蔵庫には野菜ばかりで、すぐ食べられるものがない。直哉は米を洗い、鍋に多めの水を入れた。巴は「卵は右の扉」と教えたあと、また目を閉じた。

粥を作るあいだ、直哉は薬の箱を読んだ。空腹時を避けること、六時間以上あけること。巴は夕方に一度飲んでいたが、時刻を覚えていなかった。直哉は父とのメッセージ履歴を見せてもらい、写真に写った時計から服薬時刻を割り出した。

「そういうところ、お父さんに似てる」

「似てません」

「じゃあ、助かったところだけ直哉くんのものね」

巴は粥を半分食べた。梅干しは苦手だと言うので、直哉が自分の椀へ移した。母が亡くなって十年、父が再婚して二年。巴は亡き母の代わりになろうとしない。だからこそ直哉は、彼女を何として扱えばいいのか決められずにいた。

夜明け前、熱は三十七度台まで下がった。直哉が帰ろうとすると、巴は寝室から声をかけた。

「冷凍庫の下、見て」

引き出しには、ひとり分ずつ小分けされた炊き込みご飯が並んでいた。鮭、鶏、ひじき。その一つに「直哉・生姜なし」と書いてある。

「いつ来るか分からないのに」

「来ないと古くなるね」

「じゃあ作るなよ」

「古くなったら私たちが食べるから、大丈夫」

直哉は呆れながら、空になった製氷皿へ水を足した。氷枕の分だけではなく、全部の区画を満たした。

玄関で靴を履くと、巴が「鍵、閉めていって」と言った。直哉は内側から施錠し、郵便受けに鍵を戻そうとしてやめた。

次に熱を出す人が誰かは分からない。順番が来たとき、入れないと困る。