片方の手袋が石化を止める

少年の石化は、もう胸まで届いていた。

治療院の寝台で、領主の一人息子が浅く息をする。灰色になった皮膚は硬く、石の境目が心臓へ一寸ずつ近づいている。呪いの核は脇腹に見えていたが、切開を始めれば、その刺激で石化が一気に完成する。

高位治癒師たちは首を振った。

雑用係のエルシアだけが、朝に一度引いた無料治療ガチャの品を握っていた。白布でできた、右手用だけの手袋。

【N:片方だけの手袋】

【触れているものの変化を、一呼吸だけ待たせます】

「一呼吸で何ができる」

院長の言葉に、エルシアは答えなかった。手袋をはめ、少年の胸へ右手を置く。冷たい石の感触が掌へ張りついた。

彼女は大きく息を吸った。

石化の境目が止まる。空中の塵まで静止したように見えた。

左手で刃を入れる。皮膚を開き、肋骨の隙間へ指を差し込む。呪いの核は黒い茨の種に似ていた。根が心臓へ巻きつき、引けば裂ける。

息を吐けない。肺が焼ける。

エルシアは種を抜くのではなく、根を一本ずつ指へ巻き取った。視界が暗くなり、膝が震える。最後の根が外れた瞬間、黒い種を床へ落とし、銀皿をかぶせた。

そこで初めて息を吐いた。

息を求める身体が勝手に喉を開こうとする。エルシアは奥歯を噛み、少年が朝に話していた「退院したら池の鴨へパンをやる」という約束だけを思い浮かべた。治癒師たちは手を出せない。誰かが彼女へ触れれば、その一呼吸が終わると分かったからだ。

黒い種を覆った銀皿の下で、茨が一度だけ暴れ、完全に静まった。

院長が震える指で脈を数える。止まっていたのは石化だけで、少年の命は一拍も失われていなかった。

少年の胸から灰色が引いていく。石は温かな肌へ戻り、止まっていた心音が、どくん、と手袋越しに響いた。

院長が回復魔法を重ねる必要はなかった。少年は目を開け、「お腹が空いた」と言った。

エルシアが笑うと、白い手袋は光の粒になり、その右手に淡い紋様だけを残した。

【一回限りの完全停止を、救命に使用】

【隠し最高位SSS《時を握る右手》――医療史上初の覚醒者を認定】