片翼の飛行靴

ベルンは右足だけで店へ入ってきた。

左足がないのではない。左の飛行靴が勝手に天井へ浮かび、彼の脚を引っ張り上げていたのだ。修理台まで跳ねながら進み、ようやく靴を脱ぐと、本人は床へ転がった。

「明日の伝令試験、これで飛べと言われています」

飛行靴は二足で一組。だが左だけ上昇し、右は地面へ張りつく。訓練では風車へ逆さに突っ込み、教官から才能なしと判を押された。試験は鐘楼の手紙を城門へ届ける一往復だけ。合格すれば病床の父に代わって配達所を継げるが、不合格なら靴を売って借金を返すしかない。ベルンの額には昨日の衝突でできた青あざがあり、それでも靴を捨てず、左右を紐で結んでここまで引きずってきた。

《靴底工房》のフィオルは、右と左を並べて鼻を近づけた。革ではなく、焦げた砂糖の匂いがする。

「この靴、祝祭日に買いましたね」

屋台の飴が左底の方向紋へ入り、上を示す矢印の半分を埋めていた。魔法は残った線を命令と読み違え、「前進」を「上昇」に変えている。

フィオルは刃物で削らなかった。古い飛行紋は一傷で消える。温めた蜜吸い石を当て、飴だけをゆっくり引き出す。次に左右の靴紐を一本ずつ交換した。ベルンは右足へ力を入れる癖があるため、魔力の流れを均等にするためだ。

「店の中では飛ばないでください」

「試さないと怖い」

言い終える前にベルンは履き、扉を開けた。一歩踏む。身体は跳ねず、石畳の指一本上を滑った。二歩目で速度が増し、路地の端まで一直線に飛ぶ。急停止しても前のめりにならない。靴底の赤い方向紋が左右そろって灯り、浮いた砂埃が二本のまっすぐな線を描いた。

彼は戻ってくるなり、試験用の伝令札をフィオルへ渡した。

「受取人の署名を」

「ここは試験会場ではありません」

「今の往復、歴代記録より速いです」

代金を払ったうえ、合格後の初任給で底革を強化してほしいと予約札まで置く。今度こそ両足で駆け出すと、風だけが店内へ残った。

フィオルが署名した札を眺めていると、別の飛行具が軒先へ着地し、ベルが鳴った。