画像を一枚送らない
美容室の鏡の中で、芙実の髪は顎の下まで短くなっていた。床には、三年ぶん伸ばした黒髪が細い束になって落ちている。
会計を待つあいだ、母からチャットが届いた。
〈切ったんでしょう? 写真送って〉
妹から聞いたらしい。芙実が返信する前に、もう一枚、画像が届く。成人式の日の妹だった。肩で揺れる髪も、淡い着物もよく似合っている。
〈このくらいの長さが女らしくて良かったのに〉
芙実は鏡の自分と、画面の妹を見比べた。母はいつも比較を褒め言葉の形で送ってくる。妹を褒めながら芙実を直し、芙実を心配しながら妹を基準にする。
美容師が「お写真、後ろも撮りますか」と聞いた。
芙実は首を振った。
〈写真は送らない〉
母から、驚いた顔のスタンプが返る。
〈失敗したの?〉
〈そうじゃない。私の写真を、妹や昔の私と比べる材料にされたくない〉
送信したあと、切ったばかりの首筋がひどく寒く感じられた。母の返事は早かった。
〈そんなつもりないのに〉
〈つもりの話じゃなくて、これからのお願い〉
〈髪型の感想は、会ったとき私だけを見て言って〉
入力中の表示が続き、やがて消えた。芙実はコートの襟を立て、会計を済ませる。
店を出たところで通知が来た。
〈来月、お茶する?〉
〈そのとき見せて〉
芙実はすぐには返さなかった。母が勝手に家へ来ることも、妹を呼んで三人にすることも避けたかった。
〈前日に時間を決めて、二人なら〉
〈分かりました〉
妙に丁寧な返事だった。芙実はスマートフォンをポケットへしまう。ショーウインドーに映った短い髪が、風でばらばらに動いた。
母とのチャットには、妹の写真が何枚も保存されていた。〈この色なら芙実にも合う〉〈妹より少し地味だけど〉。妹自身は一度も比べてこなかったのに、二人の画像は母の画面でいつも隣に置かれた。芙実は届いた成人式の画像を端末から削除した。妹を消すのではなく、母が作った物差しを自分の手元から外すためだった。
母へ送らなかった一枚を、芙実は自分のためにも撮らなかった。今日は鏡で見た自分だけを、記憶に残すことにした。