白いハートの観察者
結月の美容アカウントに、白いハートだけを残す匿名の観察者がいた。
結月はフォロワー十二万人の美容系インフルエンサーで、私は大学時代から撮影を手伝っている。彼女が有名になるほど、私まで選ばれた側にいる気がした。だから撮影日の服装も、肌の手入れも、結月に言われたとおり整えた。
最初は絵文字一つだった。やがて〈その腕、本当にあなたの?〉〈鎖骨のほくろが昨日と違う〉と書くようになった。結月は「怖い」と言いながら、私の前でしかコメント欄を開かなかった。
私は毎回通報した。撮影にも付き添った。観察者が〈左手の傷は誰のもの〉と書いた日は、結月が私の手首へコンシーラーを塗ってくれた。傷を隠す親切だと思ったが、撮影が終わると彼女は塗った場所だけ接写した。
「奈津、そこに立って。光の具合を見たいだけ」
結月は私を窓辺に立たせ、顔を外して肩や脚を何枚も撮った。集合写真だけは頑として嫌がった。身元を守るためだという。観察者がいる以上、当然だと思った。
白いハートは執拗だった。投稿された写真の端に線を引き、〈昨日の人と同じ傷〉〈また借りた〉と書く。結月は泣き、私は彼女のスマホから反論した。
〈加工は表現です。女性を監視するのはやめてください〉
翌日、観察者から私へ、クラウドの共有リンクが届いた。
開くと「素材」というフォルダがあった。見知らぬ女性たちの腕、髪、腰。結月の投稿と重なる部分に印がついている。その中に「NATSU」と名づけられたフォルダがあり、私の肩、私の膝、私の指が、日付順に保存されていた。
「似合うから撮らせて」は、褒め言葉ではなかった。
結月は悪びれず、「顔は使ってないよ」と言った。
「奈津は写真映えするし、私がきれいにしてあげたんだから、損してないでしょ」
観察者は、以前同じように体の一部を使われたモデルだった。白いハートは警告の印だった。彼女は通報されるたび名義を変え、それでも結月の写真に借り物の輪郭を付け続けていた。
私は結月のアカウントを閉じようとした。けれどパスワードは変えられ、次の投稿が予約済みになっていた。
白いハートが囲んでいたのは、私の左肩にしかない小さなほくろだった。