白墨の橋板
石橋の中央で、ブレナンは一枚の板に白墨を引いた。
「そこが抜けるのか」
傭兵隊長ガレスが訊いた。
「抜けない。だから印をつけた」
川向こうの城門まで、味方はあと五百歩。負傷者を積んだ荷車が橋を渡り切るには四半刻かかる。追手の黒騎士団は森を出た。槍先が月を噛んでいる。
橋は古い石造りだが、中央だけ戦火で崩れ、樫板を並べて補ってある。十二枚のうち、右から四枚は芯が腐っていた。敵も橋守だったブレナンの経歴を知っている。白墨を見れば、爆薬か切断箇所の印だと思うだろう。
「丈夫な板を危険に見せ、腐った方へ寄せるのか」
「騎士は死を恐れん。だが馬は足場を選ぶ。先頭が避ければ、後ろも避ける」
ガレスは鼻で笑った。
「それだけで百騎が落ちると?」
「百騎はいらない。先頭の六騎が止まれば橋は詰まる」
白線の下には何もない。罠は敵の頭の中にだけ置く。ブレナンは十年前、この橋を架けた。石の強さより、人が危険を避けるとき必ず同じ側へ寄ることを知っていた。橋は人間の癖まで支える建物だった。
最後の荷車が軋みながら通った。荷台の少年兵が、ブレナンへ手を伸ばす。
「乗ってください、工匠殿」
「重い」
「板は丈夫なのでしょう」
「俺がな」
荷車は城へ向かった。ガレスも残った。金で雇われた男だが、金を受け取る相手が生き残らねば困るらしい。
黒騎士団の先頭が橋へ飛び込んだ。白線を見た騎士が手綱を引き、左へ寄る。二騎目も三騎目も続いた。蹄が腐った板を踏み抜く。馬が前脚から落ち、後続が折り重なった。
橋上に怒号が満ちた。
「当たりだな」とガレス。
「外れだ。もっと慎重な男だと思っていた」
敵将アルヴァーは白線の意味を悟り、騎士を下馬させ始めた。詰まりは長くて百息。ブレナンは腰の槌を抜いた。戦うためではない。橋板を留める最後の楔を打ち抜くためだ。
城壁から角笛が二度鳴った。負傷者が入り終えた。
ブレナンは白線の上へ槌を置いた。
向こう岸で、城主の声が響いた。
「退却隊を収容せよ。西門を上げろ」
鉄の門が、夜を削る音を立てて開き始めた。