白旗の色
敵が白旗を掲げた瞬間、城壁の兵たちは一斉に武器を落とした。
降伏の印ではない。布に縫われた服従の魔法が、白という色を見た者の腕を縛っている。
烽火守シエラドは塔の火口へ片目を近づけた。炎の底で、色喰いの石が脈打っている。
この石へ色の名を告げれば、城内からその色を百息のあいだ消せる。その代わり、術者は二度とその色を見られず、その色に結びついた記憶を一つ失う。
「白」
火が無色に燃え上がった。
敵の旗が灰色に沈み、魔法がほどける。兵たちは武器を拾った。シエラドの視界から雪も乳も、死んだ妹の婚礼衣装も消えた。覚えているのは妹が笑っていたことだけで、何色の衣を着ていたかは空白になる。
敵は次に赤い布を破城槌へ巻いた。血を吸う呪符だ。槌が打つたび、負傷者の傷から血が外へ引かれていく。
「赤」
呪符が力を失った。代わりに、シエラドは初めて剣で人を斬った夕暮れを忘れた。掌の血も、恥じて洗い続けた水も、記憶から色と一緒に抜け落ちる。
槌は止まったが、敵の術師が青い火を門へ投げた。水では消えず、鉄だけを溶かす炎だった。
シエラドの首には、ラウディが結んでくれた青い糸がある。出陣前、必ず帰れと言われた。色を差し出せば、その顔まで失う気がした。
下で門が軋んだ。
「青」
火が消える。
同時に糸はただの暗い線になり、それを結んだ人の顔が記憶から剥がれた。
敵軍が退き始め、城内に勝利の鐘が響いた。ラウディが塔へ駆け上がり、シエラドを抱きしめる。
「生きていた。俺だ、分かるか」
声は知っている気がした。だが彼の目も、空も、血も、旗も、すべて濃淡だけの世界に沈んでいる。首の青い糸を示されても、なぜ大切にしていたのか思い出せない。
シエラドは振り返った。色喰いの石は最後の代価として術者の瞳を染める。鏡の中で、彼女の虹彩は透明なガラスへ変わっていた。
城壁の上では、本物の白旗が上がっていた。
それが敵の降伏なのか、新しい呪いなのか、彼女にはもう見分けられなかった。