白梟熊は眠れていない

王宮書庫の奥には、翼を持つ白い熊――白梟熊ネムリアが棲んでいた。

夜ごと棚を倒し、近づく司書を追い払うため、「知識を憎む凶獣」と呼ばれている。眠りの魔法も効かず、国王はついに討伐隊を入れると決めた。

新米書庫番のティナラだけは、その言い方に納得できなかった。ネムリアが暴れるのは、決まって深夜の鐘が鳴った直後だったからだ。

討伐前夜、彼女は一人で奥へ入った。巨大な白い影が翼を広げ、赤い目で睨む。床には破られた本ではなく、引きちぎられた毛布が積み重なっていた。

ティナラは本を抱えず、厚い綿を二つ持ってきた。

「眠いのですね」

熊の咆哮で灯火が揺れる。それでも耳を凝らすと、首の辺りから小さく、ちりん、と音がした。

かつて王族が贈った銀の鈴だ。祝福の品として鬣の奥へ結ばれ、白い毛に埋もれて誰も存在を忘れている。首を動かすたび鳴り、翼をたためば耳元へ当たった。

「ずっと、これが鳴っていたの」

ティナラは床に座り、綿を自分の耳へ詰めて見せた。もう一組を差し出すと、ネムリアは唸りながら鼻先を寄せる。

まず片耳へ綿を当てた。熊は驚いたように瞬き、もう片方も自分から近づけた。音の薄い世界で警戒が緩んだ隙に、ティナラは鬣を探る。指へ触れた鈴の紐は、皮膚へ食い込むほど固かった。

書庫鋏で切った瞬間、銀鈴が床へ転がる。

その時、真夜中の鐘が鳴った。ネムリアは飛び上がらなかった。ただ耳を伏せ、ゆっくり息を吐いた。

翌朝、討伐隊が見たのは、倒れた棚ではなく、書庫の絨毯で眠る白梟熊だった。ティナラの手首には羽根形の契約印が浮かび、国王は鈴を贈った過去の慣習をすべて廃止した。

古い飼育日誌を調べると、ネムリアが荒れ始めた日と銀鈴を贈られた日は同じだった。ティナラは静かな寝床を作り、夜間の鐘も一度だけ音量を落とすよう進言する。書庫員たちは「獣のために規則を変えるのか」と驚いたが、国王は「苦痛を放置する規則なら変えよ」と答えた。

ネムリアは彼女の膝を枕にしたまま、初めて朝まで目を覚まさなかった。翼毛は焼きたての綿菓子のように温かく、その大きな頭の重みが、長い不眠をほどくように沈んでいた。