白紙のセットリスト
十河真白がステージへ出ると、解散ライブのセットリストは白紙だった。
〈無色睡眠〉は一曲だけ演奏する予定だ。それなのに曲名も演奏時間もない。舞台監督は「会長が直接決めた」と言い、真白のイヤーモニターへカウントだけを送った。
一、二、三、四。
イントロで照明が落ち、合成音声が囁く。
「次はない」
三年前、このバンドは会長の息子をボーカルにするため結成された。歌えない彼の声を補正し、失敗を隠すのが真白たちの役目だった。練習中に抗議したキーボードが解雇され、その後行方不明になった。さらにドラマーが契約解除を申し出た翌週、交通事故に遭った。残った真白とベースの二人は、解散を条件に今夜まで黙っていた。
Aメロが始まる。白紙だったスクリーンに、一文字ずつ歌詞が打たれる。入力しているのは誰でもない。会場の監視カメラが拾う唇の動きを、システムが文字へ変換していた。
最前列の会長が、乾いた唇で秘書へ言う。
――終演後、二人とも裏へ。
文字がそのままスクリーンへ映る。会長は顔色を変え、口を閉じた。
「次はない」
サビでは、過去のリハーサル映像が無音で流れた。解雇された鍵盤奏者が連れ出される場面。事故前のドラマーが「次は自分だ」とカメラへ訴える場面。会長の息子だけが、何も知らず中央で口パクを続けている。
真白は理解した。この曲は歌詞を決めていない。会場にいる者の発話を、その場で音階へ変換する。会長が命令するほど、自分の罪を歌う仕組みだ。
会長は立ち上がり、警備へ「捕まえろ」と怒鳴った。
その四文字がサビの最高音へ変換され、会場全体に響く。直後、スクリーンに警備会社からの返信が出た。〈契約対象は出演者の保護。会長の命令は録音済み〉。
最後の一音と同時に、客席後方から捜査員が現れた。
真白は白紙のセットリストを床へ落とした。
「次はない」
このバンドに次の公演がないという意味ではなかった。会長が次の一人を消す機会を、今夜でなくすための宣告だった。