白衣を着ない執刀医

救急外来が混み合う夕方、旅行鞄を持った男が手術部の受付に現れた。御厨央理。濃紺のシャツに運動靴で、医師には見えない。

「大動脈手術の画像を確認したい。担当医に伝えてください」

事務長代理は腕時計を見た。

その日は病院の広報撮影があり、代理は玄関に並べる花と来賓用の白衣を気にしていた。待合室では患者の娘が、転院先が決まらないまま泣いている。御厨は腰を落として症状を聞き、造影剤への反応歴まで確かめた。娘が医師なのかと尋ねても、「まだここでは何者でもありません」とだけ答えた。その態度が、代理にはなおさら気に入らなかった。

御厨は待合室のモニターに映る心電図を見て、若い医師へ「血圧の左右差をもう一度」と伝えた。測り直すと差は大きく、診断画像を急ぐ根拠になった。代理は礼より先に、画面を見たことを責めた。

「ご家族は待合室へ。医療ドラマの知識で現場に口を出されても困ります」

「家族ではありません。今朝、院長から連絡があるはずです」

代理は端末を確かめもしなかった。御厨の鞄が通路を塞いでいると言い、足元へ押し戻す。

その瞬間、処置室から若い医師が飛び出した。

「解離が弓部まで及んでいます。搬送先が見つかりません」

御厨は壁の画像を一目見て、必要な人工血管のサイズと送血位置を告げた。若い医師の顔色が変わる。事務長代理は遮った。

「部外者を中へ入れないでください。警備を呼びます」

御厨は反論せず、鞄から眼鏡だけを出した。

やがてエレベーターが開き、院長、心臓血管外科部長、手術室看護師長が駆けてきた。院長は息を切らしながら頭を下げる。

「御厨先生、到着の連絡を見落としておりました」

代理が固まった。外科部長は若い医師から画像を受け取り、御厨へ差し出す。

院長が周囲へ告げた。

「本日就任した新医療センター長で、この術式を確立した御厨央理先生だ。執刀チームの指揮をお願いする」

御厨は眼鏡をかけ、手術室の扉を指した。

「では、患者を待たせた分だけ急ぎましょう。受付記録の確認は、そのあとです」