相合傘は天気予報ではない
鹿沼弥生の机に相合傘が描かれていた。
左に「弥生」、右に「真昼」。見つけたのは放課後、教室の鍵を閉める直前だった。
「鷺沢」
廊下へ出かけていた鷺沢真昼が振り返る。
「ちょっと来て」
「怖い言い方」
「心当たりある?」
真昼は机を見て、耳まで赤くなった。
「ない」
「今、間があった」
「夕日がまぶしかった」
「天気の話をする人は怪しい」
二人は誰もいない教室へ戻った。窓の外は雲一つない。相合傘だけが、降りもしない雨を待っていた。廊下で誰かのロッカーが閉まるたび、弥生は反射的に机を教科書で隠した。見られて困るのは噂なのか、自分の顔なのか、もう分からない。
弥生は消しゴムでこすった。油性ペンらしく、線はびくともしない。真昼がアルコールの入った除菌シートを持ってきたが、それでも名前の輪郭が少しにじむだけだった。
「誰かに見られたら面倒」
「そうだね」
「鷺沢は困らないの」
「困る」
「何で」
「鹿沼が嫌がってるから」
答えが妙にまっすぐで、弥生の手が止まった。
真昼は窓際へ逃げるように立ち、校庭を見た。部活の声も遠くなり、教室にはシートをこする音だけがする。
「本当に書いてない?」
「……名前は書いてない」
「名前は?」
「傘だけ、一年のときに描いた」
机は去年、真昼が使っていた。授業中、空の傘を描いたことを忘れていたという。誰かが今年になって名前を足したらしい。
「何で空の相合傘なんか」
「いつか誰かが書くかなって」
「子ども」
「うん」
弥生はにじんだ自分の名前を見た。真昼の名前より、少しだけ強い筆圧だった。
「消すのやめる」
「いいの?」
「犯人を油断させて、明日捕まえる」
「探偵みたい」
弥生はペンを取り、傘の上に小さな雨粒を三つ描いた。
「晴れてるよ」
「相合傘は天気予報じゃないから」
真昼は何か言いかけ、結局笑った。
鍵を閉めると、二人の影が廊下に並んだ。昇降口まで一度も雨は降らなかったのに、真昼は傘を差すように片手を二人の頭上へ掲げた。
弥生は馬鹿だと言いながら、その影の内側を歩いた。