眠っている部長

部長は、休憩室で眠る人を信用しなかった。

疲れていても机へ戻り、部下の資料を先に直し、相談には答えが出るまで付き合った。

皆を支えているつもりだった。

ある夕方、冷めていないコーヒーを前に、初めて椅子で眠ってしまった。

目を開けると、自分と同じ姿の女が廊下を歩いている。

もう一人の部長は、置き去りのコーヒーが冷めるまで仕事を代わるらしい。

本物は休憩室の仕切り越しに様子を見た。

若い部下が資料を持ってきた。

いつもの自分なら三分で欠点を見つけ、修正案を言う。

もう一人の部長は、

「どうしたい?」

と尋ねたきり黙った。

部下は最初、困った顔をした。

やがて、

「本当は、この企画をやめたいです」

と言った。

利益は出るが、現場の人数では続かない。

以前も相談したが、部長が改善案を次々出すため、やめたいという言葉を挟めなかったという。

別の部下も来た。

「来月、休職したいです」

もう一人の部長は理由を急がない。

相手は家族の介護を話し、

「迷惑をかけるので、退職しようと思っていました」

と続けた。

本物の部長は、皆が相談しないのではなく、自分が答えを出す速さで相談を終わらせていたと知った。

コーヒーはまだ少し温かい。

もう一人の部長が会議室へ向かおうとした。

本物は立ち上がり、呼び止めた。

二人の顔が向かい合う。

代役は責めも慰めもせず、本物の椅子を指した。

「戻る?」

とだけ聞いた。

部長はコーヒーを一口飲んだ。

冷えかけて苦い。

「戻る。でも、すぐ答えない」

代役が消えた。

会議で部長は、企画を中止するかどうか、担当者全員に尋ねた。

沈黙が長くなり、以前の自分なら耐えられない。

コーヒーの苦さを思い出し、待った。

休職を希望する部下には、引き継ぎを一緒に組んだ。

仕事は滞り、部長自身も失敗した。

それでも相談の数は増えた。

休憩室には、冷めてもよいカップを一つ置いた。

部長は週に一度、十五分だけ座る。

もう一人の自分は現れない。

代役に任せたいのは仕事ではなく、何も決めず人の話を聞く時間だった。

それなら、自分のまま練習できた。