石像は無罪を叫ばない
異端審問の床には、被告の言葉を石へ変える円が描かれていた。
真実なら白い小石。嘘なら尖った黒石。黒石はその場でもっとも罪深い者の心臓へ飛ぶ――そう教会は宣伝していたが、円の下には司祭が向きを変えるための磁鉄が埋められている。
少女が「魔女ではありません」と答えた瞬間、黒石は彼女自身へ跳ねた。
傍聴席の天井から、セファナが落ちた。
翼のない石像のような異形。彼女は黒石を胸で受け止め、噛み砕いた。嘘から生まれた石を喰えば、その嘘は誰も信じられなくなる。ただし一つ喰うたび、セファナは自分について知っている真実を一つ失う。
最初の石で、住処を忘れた。
「被告は乳児を病ませた」
二つ目の石を呑み、右肘が石へ固まる。自分が何歳なのか消えた。
「井戸へ毒を入れた」
三つ目。左眼が灰色になる。なぜ人間を守り始めたのか、思い出せない。
審問官たちは次々に罪状を読み上げた。少女を火刑にすれば、教会が井戸へ捨てた腐敗死体を隠せる。セファナは床を這い、飛んでくる黒石を口で受けた。
喰うたびに身体は硬くなり、胸の中の過去は白い空洞へ変わった。
最後に大司祭が立った。
「この異形は悪魔であり、我々を襲うため法廷へ侵入した」
円から、これまでで最大の黒石が生まれた。磁鉄では曲げきれず、石は大司祭の胸へ向かった。
男は少女を盾にした。
セファナは残った片腕を伸ばし、石を掴んだ。喰えば、最後に残る真実――自分の名前――が消える。それでも顎を開いた。
黒石が砕けた瞬間、法廷中の者が大司祭の言葉を信じられなくなった。兵は剣を下ろし、少女の縄を切った。床を剥がすと磁鉄と、井戸から運ばれた骨が現れた。
勝ったのだと、誰かが叫んだ。
セファナにはその意味が分からなかった。
動かない身体を少女が抱き、何度も名を呼んでいる。けれど石の頭の中には、自分が人か悪魔か、女か獣かを決める真実が一つもない。
翌日、法廷の入口には新しい石像が置かれた。
台座には「無罪を証した聖獣」と刻まれたが、像の胸には消しきれない古い銘があった。
――異端、名なし。
少女だけが、その文字の上へ毎朝、セファナという名を白墨で書いた。