石窯の刻印
砂色の国境砦で、パン焼きのレオンティオスは石の刻印を握っていた。
帝国の鷲と第九軍団の数字が彫られた、掌ほどのパン印だ。兵に配る丸パンは、これを押してから窯へ入れる。傷の数だけ隊長が代わり、持ち手には千度の熱で黒くなった指跡が染みていた。
だが粉袋は空だった。
砦には百二十人。残っているのは馬豆一袋と、井戸水だけ。昨夜、若い兵が窯壁についた古い生地を爪で剥がして食った。反乱軍は城外で攻城塔を組みながら、飢えるのを待っている。
隊長マルキアヌスが言った。
「夜明けまで、パンがあるように見せろ」
「匂いまでは作れません」
「見えるだけでいい」
レオンティオスは粘土へ藁を混ぜ、丸く平たくした。石印を押し、窯で焼く。色は悪いが、塔の上から見れば軍用パンに見えた。
百枚を籠へ積み、城壁上を運ばせる。わざと反乱軍の捕虜にも見せた。
捕虜は鼻で笑った。
「土だ。俺は粉挽きだった」
「そうか」
「この印も逆だ。パンへ押せば鷲は正しく出る。土板は裏から見せている」
見破られた。マルキアヌスが捕虜の喉へ短剣を当てる。
レオンティオスはその手を止めた。
「帰せ」
「正気か」
「こいつは土だと報告する。敵は今夜来る」
「来させてどうする。こちらは腹も矢も空だ」
レオンティオスは窯口を指した。粘土パンを焼いた熱で、砦の地下に掘った古い排水坑が乾いている。坑の真上は、攻城塔が通る一本道だった。支柱は昨日、坑夫が半分まで切ってある。
「塔が乗れば、道ごと落ちます。敵が待てば、明日には別の道を作る」
捕虜は解放され、夜の斜面を転げるように下った。
レオンティオスは最後の馬豆を挽き、小さなパンを一つ焼いた。窯から漂う匂いに、待機する兵の喉が同時に鳴った。誰も手を伸ばさなかった。石印を押す。鷲だけが、炎の中でくっきり浮かんだ。
それを百二十に割った頃、城外で車輪が鳴り始めた。
攻城塔が一本道へ進む。
マルキアヌスは土のパンを一枚持ち上げ、投槍隊へ見せた。
「塔が白石を越えるまで待て」
車輪が白い境石に触れた。
隊長の赤旗が上がった。