破産した父の住所

 父が自己破産したあと、家族は散り散りになった。

 母は姉の家へ。

 弟は会社の寮へ。

 私は結婚したばかりの部屋へ戻った。

 父だけが、町外れの古いアパートへ移った。

 最初の年、父から季節ごとに葉書が届いた。

〈新しい住所です。返事は不要〉

〈工場の夜勤を始めました。返事は不要〉

〈風邪をひきましたが治りました。返事は不要〉

 父の破産は、勤め先の同僚から持ちかけられた投資がきっかけだった。損を取り返そうと、家族に隠れて借金を重ねた。

 母は離婚しなかったが、同居もしなかった。

「許したの?」

 姉が聞くと、母は言った。

「今決めなくていいことを、決めないだけ」

 私は葉書を箱へ入れ、返事をしなかった。

 三年目、父から荷物が届いた。中には、私が小学生のころ使っていた赤い水筒があった。

〈片づけで見つけました。不要なら捨ててください。返事は不要〉

 腹が立った。

 家族を壊した人が、思い出だけ丁寧に返してくる。自分は何も求めていないような顔で、「返事は不要」と逃げ道まで用意する。

 私は初めて手紙を書いた。

〈返事が不要かどうかは、受け取った側が決めます〉

〈謝るなら、何をしたか具体的に書いてください〉

〈会いたいなら、会いたいと書いてください〉

 一週間後、父から厚い封筒が来た。

 借金を隠したこと。

 母の貯金へ手をつけたこと。

 家族が心配するたび逆に怒ったこと。

 破産後、恥ずかしさを反省と取り違え、誰にも近づかなかったこと。

 最後に一行。

〈会いたいです。ただし、断られても何度も頼みません〉

 私は父の住所を地図で調べた。

 会ったのは、アパート近くの喫茶店だった。父は小さくなり、白髪が増えていた。

「元気だったか」

「葉書に書けば?」

「直接聞きたかった」

 私は父を許したとは言わなかった。

 父も、家族へ戻りたいとは言わなかった。

 ただ月に一度、その喫茶店で会うことになった。

 父の住所は、もう家族全員が暮らす場所ではない。

 けれど、訪ねるかどうかを自分で決められる場所になった。

 返事は不要、という一文が消えてから、父と私の手紙はようやく往復を始めた。