社員証の裏のオムレツ
昼の社員食堂で、茉白のトレーにだけ黄色いオムレツが載っていた。彼女が券売機で買ったのは、かけうどんの食券である。
「追加してません」と返そうとすると、配膳の榊は「登録どおりです」と皿を押した。
心当たりは三人いた。食堂の榊、企画部の先輩・門脇、そして今朝の発表で茉白が助け舟を出した後輩の岡留。門脇は何でも食べさせたがるし、岡留は発表後から妙によそよそしい。
皿は通常の白ではなく、会議用ケータリングの青い縁取りだった。卵には牛乳が使われていない。小さな旗には、今朝の案件名「LAMP」と印刷されている。
「岡留さんの予約分?」
茉白が尋ねると、榊は旗を抜きながらうなずいた。会議用の軽食は、欠席者が出た場合に社員証番号を変更して食堂で受け取れる。岡留は自分の分を乳製品抜きで予約し、発表が終わると受取人を茉白へ変えたのだ。
本人は柱の陰の席で、うどんを一本ずつすすっていた。
「助けてもらったからって、食べ物で返さなくていいよ」
「助けてもらったことじゃなくて」岡留は箸を置いた。「昨日、失敗したら辞めるって言った私に、『失敗してから決めればいい』って言ってくれたことです。あれで会社に来られました」
直接礼を言えば泣きそうで、仕事の予算を使うのも違うと思った。だから自分の予約を譲ったという。
門脇は遠くから、犯人でないことを示すように両手を振った。榊はケチャップで皿の端に、小さな丸を一つ描いてくれた。
茉白にも、入社一年目の発表で声が出なくなった日があった。そのとき隣の先輩は答えを奪わず、資料の頁だけ黙って開いてくれた。今朝、岡留へしたことも同じだったつもりだ。親切は返してもらうためではない。それでも、受け取った人が次に立つための小さな足場にするなら、返事の形は一つでなくていい。青い縁の皿が、仕事の連鎖をそっと見せていた。
茉白はオムレツを割った。中はまだ柔らかく、湯気がまっすぐ立った。
「午後は、同じ席で食べようか」