祝砲を鳴らさない凱旋

凱旋広場には、十二門の大砲が並んでいた。

従軍記録官ミアは、導火線を見るだけで耳の奥が痛んだ。戦場で砲撃に埋もれた夜から、大きな破裂音を聞くと呼吸が止まる。

騎士団長カイゼルは、壇上へ上がるなり砲兵長を呼んだ。

「火薬を抜け」

「閣下、祝砲は勝利の慣例です」

「抜け」

一言で、砲兵たちは動いた。カイゼルは戦場で命乞いを聞かず、部下にも無駄口を許さない。けれどミアが雷より乾いた音に弱いことは、遠征中の一度の震えで覚えていた。

彼は小さな耳栓を差し出した。柔らかな蜜蝋製で、以前ミアが「硬いものは耳が痛い」と言ったのを受けて作らせたものだった。

「今日は鳴りませんよね」

「鳴らさない」

それだけで、胸のつかえが少しほどける。

式が始まると、王太子が演台へ二人を呼んだ。

「英雄たる団長と、その勝利を記したミア嬢に、国民の前で誓いの口づけを」

ミアは耳栓を握りしめた。

「聞いていません」

王太子は笑う。

「婚約発表の演出だ。団長ほどの男に選ばれたのだから、名誉だろう」

「私は、婚約にも口づけにも同意していません」

群衆がざわめく。騎士たちはカイゼルの反応を恐れて息を止めた。

彼はミアへ一歩近づいたが、触れなかった。

「降りるか」

「はい」

王太子が声を荒らげる。

「国民が待っている!」

カイゼルは演台の鐘を外し、式典官へ渡した。

「待たせろ」

「団長、お前の名誉にも関わるぞ」

「名誉は彼女の返事を代筆しない」

彼はミアを先に階段へ向かわせ、自分は半歩後ろについた。

群衆から不満の声が上がっても、カイゼルは振り返らなかった。ミアが耳栓を外せるほど静かな場所まで下りると、ようやく歩調を緩める。彼が守ったのは式の成功ではなく、彼女が自分で帰ると決めた道だった。

十二門の大砲は沈黙したまま、旗だけが上がる。

「婚約発表と接触の演出を中止する。ミアが拒んだことを、余興として押し切る者は処罰する」