私は二人分のノートです
私は、青い罫線の大学ノートだ。
最初の持ち主は椿井玲奈。彼女は私の左頁へ授業内容を書き、右頁を必ず空けた。
「そこ、もったいなくない?」
百瀬誠司が尋ねると、玲奈は答えた。
「誠司が分からなかったところを書く場所」
誠司は病気で欠席が多かった。登校した日は、黒板を写すだけで授業が終わる。質問すれば遅れていることが知られる気がして、分かったふりをしていた。
玲奈は放課後、私を机の間へ置いた。
左頁には授業の要点。
右頁には、三つの欄。
〈分からない〉
〈たぶん分かる〉
〈自分で説明できる〉
誠司は最初、〈分からない〉に丸をつけるだけだった。
玲奈は答えを書かなかった。矢印や図や、「ここまでは?」という短い問いを残した。次の日、誠司がその下へ続きを書く。
入院した週には、玲奈が私を病院の受付へ預けた。誠司は病室で右頁を埋め、退院すると机の上へ返した。言葉を交わさない日も、二人は私の中で同じ問題を見ていた。
私の右頁には、二人の字が少しずつ増えた。
ある冬、玲奈が家庭の事情で二週間休んだ。
私は誠司の鞄にいた。今度は彼が左頁へ授業を書いた。字は曲がり、要点も多すぎたが、右頁を空けた。
玲奈が戻ると、机の上に私を置いた。
「ここ、分からない」
玲奈は右頁を指した。誠司は初めて説明する側になった。途中で二度間違え、二人で教科書を調べ直した。
「先生も分からないんだ」
「先生じゃないから」
「じゃあ友達でいいや」
卒業までに、私は六冊になった。
最後の頁には、二人で同じ問題を別々の方法で解いた跡がある。答えは同じだった。
その下へ玲奈が書いた。
〈教えることは、空白を全部埋めることではない〉
誠司が続けた。
〈自分で書ける場所を残すこと〉
卒業式の日、二人は私を閉じる前に、最後の右頁を白いまま残した。
「これは誰の分?」
「次に困った人の分」
私はもう使われていない。
けれど二人は大学でも、ノートの片側を少し空けているらしい。
いつか隣へ座る、分からない誰かのために。