私は二度、涙を拭いた
私は、白い麻のハンカチだ。
隅に青い糸で、へたくそなヒマワリが縫ってある。昔、小学生だった娘が、父の日に作った。
針を指へ何度も刺しながら縫ったことを、父親は知らない。父親が箱を開けて「花というより目玉だな」と笑い、娘が三日間口を利かなかったことを、私はよく覚えている。
それでも父親は、三十年近く私を持ち歩いた。
娘が家を出た日も、妻の葬儀の日も、電話をかけては切った夜も。私は汗や雨を吸ったが、二人の間にある言葉までは拭えなかった。糸がほつれるたび、父親は老眼鏡をかけ、色の違う青糸で不器用に縫い足した。
ある日、文具店の床へ落ちた。
父親は気づかず、駅へ向かった。娘と十五年ぶりに会う約束をしていた。胸ポケットへ手を入れ、私がないことに気づいたとき、彼は足を止めた。
「やっぱり、今日はやめよう」
そうつぶやいた。
そこへ、若い店員が走ってきた。息を切らし、片方の靴ひもをほどいたまま、私を差し出した。
「大事なものですよね。刺繍のところだけ、何度も直した跡があります」
店員は売り場へ戻れば叱られるかもしれなかった。それでも「落とした人の顔が、急に寂しそうになったから」と、駅まで追ってきたのだ。
父親は、ようやく私を握った。
「これがないと、娘に会えない気がして」
店員は笑った。
「では、間に合ってよかったです」
駅の喫茶店で、娘は先に待っていた。父親が私を机へ置くと、娘は青いヒマワリへ触れた。
「まだ持ってたの」
「捨てどきが分からなくてな」
「洗いすぎ。糸が薄くなってる」
「直してくれるか」
娘は答える前に泣いた。父親も泣いた。私は最初に娘の頬を、次に父親の目元を拭った。
三十年前と違い、今度は誰も照れ隠しに笑わなかった。
私は一度、店の床で落とし物になった。
けれど拾って走ってくれた人がいたから、二人の間で落とした十五年まで、少しだけ拾い直すことができた。
後日、青いヒマワリには新しい糸が重ねられた。
古い縫い目をほどかず、その上から。
親子のやり直しとは、たぶん、そういう縫い方をする。