私は十八キロあります
私は、古い革の旅行鞄だ。
中には鋳鉄の小さなミシンが入っている。持ち主の那波路依子が、母親から譲られたものだ。
駅の階段で、依子は私を一段持ち上げては休んだ。右手首には白い包帯。けれど駅員を呼ぼうとはしなかった。
「それ、持ちましょうか」
若い男性が声をかけた。
依子はすぐ首を振った。
「大丈夫です」
人は、大切なものほど他人に預けたくない。落とされたら困るからではない。自分が運ぶことまで思い出の一部だと思うからだ。
男性は私へ手を伸ばさず、尋ねた。
「どこを持てば、安心ですか」
依子は黙ったあと、片方の取っ手を示した。
二人で持つと、私は九キロずつになった。
階段の途中、依子は話した。母親は町の洋裁店を営み、亡くなる前まで、このミシンで子どもの服を縫っていた。店を畳むため、最後に自宅へ連れ帰るところだという。
「もう使わないんですけどね」
男性は息を切らしながら答えた。
「使わなくても、帰る場所は要ります」
踊り場で一度休んだ。男性は私を勝手に床へ置かず、「ここに下ろしてもいいですか」と尋ねた。依子は少し驚き、それからうなずいた。
母親が入院していたころ、親戚たちは店の物を「もう要らないもの」と呼んだ。依子は反論できず、何箱も処分した。だから最後に残った私だけは、自分の手で運びたかったのだ。
地上へ着くと、依子は何度も礼を言った。男性は名乗らず、急いで改札へ戻っていった。反対方向の電車に乗るはずだったらしい。
一週間後、依子は私を開いた。
ミシンの下から、母親が途中まで縫った小さな袋が出てきた。内側には、鉛筆で〈図書館の子ども用〉とある。
依子は包帯を外した手で、ゆっくり続きを縫った。針目は母親より不ぞろいだったが、ほどかなかった。取っ手を二本つけ、町の図書館へ寄付する絵本袋にした。
片方の取っ手は、少し長くなった。
依子は直さなかった。
一人で持てないとき、誰かが隣から持てる長さだったからだ。
図書館では、重い絵本を借りた子どもと親が、その二本を一本ずつ持って帰った。
私は今も十八キロある。
重さは変わらない。
けれど、どこを持てば安心か尋ねてくれる人がいれば、荷物は半分になる。