空の保存容器

 日曜に実家へ顔を出すたび、母は保存容器を持たせた。

 煮物、きんぴら、炊き込みご飯。父は横から果物や菓子まで袋へ入れた。

「冷蔵庫に入らないから、もういらない」

 娘が言うと、母は「分かった」と答えた。

 次の日曜、食卓には三人で食べきれる量だけが並んだ。

 煮物は三切れ。

 魚も三尾。

 ご飯も余らない。

「今日は持って帰るもの、ないから」

 母は空になった皿を重ねた。

 娘が望んだ通りだった。

 帰宅して冷蔵庫を開けると、自分で買った食材が整然と並んでいた。好きなものばかりで、何も困らない。

 それでも月曜の夜、少し物足りなかった。

 母の煮物は甘すぎる。

 父が選ぶ果物は、たいてい食べごろを過ぎている。

 保存容器は大きさが揃わず、蓋を探すのが面倒だ。

 それらがない冷蔵庫は、便利だった。

 便利すぎて、自分だけの暮らしがきれいに閉じて見えた。

 翌週、娘は空の保存容器を二つ持って実家へ行った。

「何、それ」

 父が尋ねた。

「返しに来た」

「中身、入ってないぞ」

「今日は何か余るかもしれないから」

 母は笑った。

「いらないって言ったでしょう」

「勝手に詰められるのが嫌だっただけ。欲しいときは、自分で頼む」

「では何が欲しいですか」

「炊き込みご飯。少し」

 母は「少し」の二倍を炊いた。父は大きな梨を一個だけ袋へ入れた。

「これは頼んでない」

「食べごろは明日」

「本当?」

「たぶん」

 三人で夕食を食べたあと、娘は自分で容器へご飯を詰めた。母は横から一匙足し、娘は一匙戻した。

「細かい」

「冷蔵庫の都合があります」

 帰宅後、容器を棚へ入れた。隣には自分で作ったスープがある。

 翌朝、そのご飯を小さなおにぎりにして職場へ持っていった。昼休み、母の味は少し濃く、父の梨は本当に食べごろだった。

 どちらも、ちゃんと自分の夕食だった。

 家族のありがたさは、世話を焼かれることに黙って従うことではない。

 欲しいときには欲しいと言い、余計なときには断り、それでも次の日曜には空の容器を持って帰れることだった。