窓のない各駅停車
窓のない車両ほど、夜の顔を映すものはない。
向かいの男は、発車してから一度も顔を上げなかった。灰色の上着に、磨かれていない靴。膝の上で両手を重ね、親指だけを忙しく動かしている。隣の若者は目を閉じているが、眠ってはいない。車輪が継ぎ目を越えるたび、肩がびくりと跳ねた。
私は一番奥の席に座った。
車内には路線図がない。天井の白い板には、広告を剥がした跡さえない。代わりに小さな赤いランプがあり、曲がるたび規則正しく明滅した。座席のベルトは妙に幅が広く、金具には自分で外せない鍵がついている。
「次はどこですか」と若者が聞いた。
前方の小窓の向こうにいる車掌は答えなかった。駅名の代わりに、短く番号だけを告げた。
「三号、まもなく」
向かいの男が初めて顔を上げた。目の下に青い影がある。
「三号は早いな」
「降りるんですか」
「降ろされる」
男はそれだけ言い、また指を組んだ。
私は床の振動に耳を澄ませた。外の景色が見えないと、速度は想像でしかない。高架を走っているのか、地下を抜けているのか、同じ場所を回っているのか。停車しても、扉は内側から開かなかった。金属の向こうで足音がし、鍵が二度回り、三号の男だけが連れていかれた。
空いた席に、黒い染みが残った。
若者が私を見る。
「あなたは、何号ですか」
「七号」
「ずいぶん先ですね」
私は笑った。先かどうかは分からない。ここでは時刻表を持っている者がいない。
天井の赤いランプがまた点いた。車体が大きく揺れ、私の足元で鎖のような音がした。若者はその音を聞かないふりで、窓のある普通の電車の話をした。海沿いを走る線。夕焼け。ホームで手を振る母親。
私は聞きながら、窓のある車両を思い出そうとした。ホームの黄色い線、吊革の揺れ、停車前に流れる柔らかな声。どれも遠く、誰かから借りた記憶のようだった。
急停車した。後部の扉が外から開き、白い朝が四角く差し込む。制服の男が手錠の鎖を引く。
「七号、降りろ。殺人被告人、法廷だ」
向かいの金属板に、窓のない夜を走ってきた犯人の顔が映っていた。私の顔だった。